この研究が本格的に始まったのは約40年前のことで、その核心となったのが「エントロピー破局(Entropy Catastrophe)」という概念です。
「エントロピー」とは聞き慣れない言葉ですが、これは物質の中の「乱雑さ」や「無秩序さ」を表す熱力学の用語です。
例えば、氷は原子が規則正しく並んでいるためエントロピーが低く、一方で水は自由に動き回るためエントロピーが高い状態になります。
しかし物理学者たちが理論的に計算を進めると、不思議な予測が現れました。
固体をさらに高温にしながら、それでもあえて「液体にさせない」条件を考えたとき、固体のエントロピーがどんどん増加していくことが示されたのです。
これは、原子がまだ整然と並んでいるにもかかわらず、その並び方を保ったまま激しく動き、結果として固体内部に非常に多くのエネルギーが溜まり、乱雑さ(エントロピー)が大きくなってしまうからです。
そうなると、ある極めて高い温度で、とうとう固体のエントロピーが液体のエントロピーに追いつき、それを超えてしまう状況が理論上想定されます。
もしも固体の方が液体よりもエントロピーが高くなるとしたら、どうなるでしょうか?
固体が液体よりも「乱雑」だということになり、熱力学の基本原則である「エントロピーは常に増える方向に進む」という第二法則に矛盾してしまいます。
なぜなら、もしそんな状態が可能だとすると、エネルギー的に安定な液体に向かって状態が移ることなく、不安定で乱雑な状態のまま固体で存在し続けてしまうことになるからです。
これは熱力学では許されない、ありえない状況なのです。
こうした熱力学の矛盾が生じる理論的な限界点こそが、物理学者たちが「エントロピー破局」と呼んでいるものです。
計算によれば、多くの物質の場合、この限界となる温度はおよそ「融点の3倍程度」だと予想されてきました。
しかし、この理論的な限界を実験で証明するのは非常に難しく、40年間にわたり科学者たちはさまざまな実験を行いましたが、誰一人として成功していませんでした。