そこで研究チームは「患者一人ひとりの脳の状態に合わせて最適な刺激場所と方法を個別に見つければ、もっと確実にうつ病を治せるのではないか」と考えました。
実際、うつ病の一部の人ではサリエンスネットワークが広がり、DMNやFPNの領域が小さく見えることが報告されています。
言い換えれば、うつ病では脳内の「配線図」に乱れが生じているのです。
そこで今回の研究ではまず脳の精密な地図を作成し、うつ病で変調をきたしているネットワークを特定しました。
次に、そのネットワークに対応する脳部位に電極を正確に配置し、刺激して症状を改善しようと試みました。
まさに「脳のナビ地図」を作って、そこだけピンポイントで「元気スイッチ」を押すような新しいアプローチです。
この方法なら、人それぞれ異なる脳の不調箇所を直接狙い撃ちできるため、これまで治らなかった重いうつ病にも効果が期待できます。
研究チームの目的は、この個別化脳刺激療法によって、今まで救えなかった難治性うつ病患者さんを救うことでした。
回路ごとの反応と喜びの涙

今回治療を受けたのは、アメリカに住む44歳の男性です。
彼は13歳の頃から重いうつ病を発症し、その後30年以上も苦しんできました。
入退院を繰り返し、これまでに19種類もの抗うつ薬を試しましたが効果はなく、電気けいれん療法(ECT)を3コース受けましたが、長続きする改善はありませんでした。
絶望した彼は自ら命を絶とうとしたこともあり、生きる希望を完全に失っていたのです。
研究チームはこの男性を「TRD-1」と呼び、最初の治療対象者に選びました。
TRD-1さんはあらゆる従来治療が効かなかった「理想的なケース」(逆に言えば非常に深刻なケース)でしたが、もしこの人で新しい治療が成功すれば他の患者にも希望が持てる――そう考えての挑戦でした。
まず研究者たちはTRD-1さんの脳の配線をMRIなどで詳細にスキャンし、コンピューター上に精密な脳内ネットワーク地図を作りました。