そして、このジェットの「見かけの遅さ」についても、2つの物理的効果によって説明がつくことがわかりました。
1つ目は「ドップラー・ブースティング」という現象です。これは、ジェットのような高速の物体が私たちの方向に向かって動いていると、その発する光や粒子のエネルギーが進行方向に集中し、実際よりも明るく見えるという効果です。
たとえば救急車のサイレンが近づくと高く聞こえ、遠ざかると低くなるように、同じような原理が光や電波にも働いているのです。
研究チームの計算では、PKS 1424+240のジェットではこの効果によって「ドップラーファクター(δ)」が約30(δ ≈ 32)に達しており、私たちから見ると明るさが大きく増幅されていました。
2つ目は「投影効果」と呼ばれる現象です。
これは、ジェットの動きが私たちの視線とほぼ同じ方向にあるときに起きます。
たとえば、自分に向かって飛んでくる飛行機はあまり動いているように見えないのに、横切る飛行機は速く見えるのと同じです。
つまり、ジェットが真正面を向いていると、実際はとても速くても、私たちには「ゆっくり」にしか見えないのです。
この2つの現象――「ドップラー・ブースティング」と「投影効果」――が組み合わさることで、PKS 1424+240のジェットは、強力な放射を放ちながらも、ゆっくり動いているように観測されていたのです。
今回の観測によって、この「見かけと実際のズレ」が、長年にわたる「ドップラー因子危機」の原因だったことが明らかになりました。
ジェットの向きという“見かけのトリック”が、宇宙の大きな謎を生み出していたのです。
幾何学が解いた35年の宇宙の誤解

今回の研究によって、この長年のもつれに対して重要な手がかりが得られました。
その鍵となったのは、ジェットの「向き」、つまり幾何学的な観測条件です。