以下は当方の推測だが、メルツ氏は連立政権パートナー、社会民主党(SPD)の立場を配慮し、連立政権の維持のためにイスラエル問題では妥協したのではないか。フランスや英国はパレスチナの国家承認の意向を表明し、イスラエルへの武器輸出の禁止を叫び出している中、ドイツは国是としてイスラエルの安全に対して義務を有する一方、パレスチナの国家承認問題では「まだ時期尚早」という立場をキープしてきた。それに対し、アラブ諸国や国連ばかりか、欧州諸国でもドイツへの批判が強まってきていた。それだけではない。SPDの中からもメルツ首相のイスラエル寄りへの批判の声が高まってきているのだ。
また、連邦議会では憲法裁判所の裁判官選出でSPDが指名したブロジウス=ゲルスドルフ氏に対するCDU会派内の抵抗が強すぎたため、新裁判官選挙が中止されたが、8月に入り、ブロジウス=ゲルスドルフ氏が候補を撤回したのだ。その理由はCDU内の強い反対があったからだといわれる。
すなわち、SPD内の左派グループにCDU主導の連立政権への不満が高まったとしても不思議ではないのだ。イスラエル政策でもSPD内では武器輸出停止、パレスチナの国家承認を支持する声が強い。メルツ首相がSPDの主張を無視してイスラエル側の立場だけを重視していけばCDU/CSUとSPDの連立政権が崩壊する危険性が高まってくるわけだ。そこでメルツ首相はCDU内のイスラエル寄りの議員からの反対を覚悟して、今回、イスラエルへの武器輸出の一時停止を表明したのではないか。
メルツ政権は連邦議会で過半数を12議席だけ上回っている。議会でSPD議員が与党提出の議案を拒否する可能性が現実味を帯びてくる。メルツ氏は5月の連邦議会での首相選出で第1回目の投票に落選し、2回目でようやく念願の首相に就任するという異例のスタートを切っている。1回目の落選の主因は政権パートナーSPDの18議員が連立協定(144頁)の合意にもかかわらず、メルツ首相に票を投じなかったからだ。