核融合炉で金を大量生産するというMarathon Fusion社の提案が実現すれば、核融合発電の経済性に劇的な変化をもたらす可能性があります。

もっとも、この「現代の錬金術」を実用化するには乗り越えるべき課題も少なくありません。

例えば、核融合炉で大量の金を生産するには、それ自体が猛毒である水銀をたとえば1500 MWth炉の設計例では約200 tの90 at% 198Hgを投入しており、1 GWth級炉では100~300 t級の水銀が必要になります。

水銀の使用や管理は国際条約(いわゆる「水俣条約」)で厳しく規制されており、安全管理面でのハードルは高いです。

Marathon Fusion社は「このプロセスは有害な水銀を無害な金に永久転換する廃棄物処理にもなり得る。既存の政府備蓄水銀を活用できる可能性がある」とアピールしていますが、実現に向けては社会的合意や規制当局との調整が不可欠でしょう。

また前提となる核融合発電そのものも、まだ実用段階には至っていません。

世界各国で核融合炉の研究開発が進められていますが、投入エネルギーより取り出せるエネルギーが上回る「ブレークイーブン」達成もごく最近のことで、商用炉の完成にはなお多くの技術的ブレークスルーが必要とされています。

今回の成果も現時点ではシミュレーション上の提案に過ぎず、論文も査読前のプレプリント段階です。

しかし専門家の注目も大きくなっています。

カリフォルニア大学バークレー校原子核工学特任教授でMarathon Fusion科学顧問のPer F. Peterson博士は「Marathon Fusion社が開発しているこの新しい技術アプローチは、エネルギー源としての核融合に対する考え方を根本的に変えるものです。」と述べています。

またCommonwealth Fusion Systemsの元CTOでありMarathon Fusionの科学顧問のDan Brunner博士は「今回発表された技術は、完全に実現され、将来の発電所に統合されれば、核融合エネルギーの経済性に大きな影響を与える可能性があります。経済性の向上により、工学的および科学的要件の一部がさらに緩和され、商業展開への道が加速する可能性があります。これは非常に大きなインパクトをもたらす可能性があり、私は厳格な査読結果を注視していきます。」と述べました。