歯は生前の病原体のDNAが残りやすいことから、歴史的な病気の調査に適した部位です。

研究チームはこの13人分の歯からDNAを抽出し、網羅的な遺伝子解析を行うことで、当時流行していた病原菌の正体に迫りました。

その結果、複数の兵士の遺骨からサルモネラ菌の一種(Salmonella enterica subsp. enterica Paratyphi C系統)のDNAが検出されました。

この菌はパラチフス(副腸チフス)という感染症を引き起こす病原体です。

パラチフスは腸チフスに似た高熱や腹痛、下痢などの症状を伴う病気で、汚染された食べ物や水を介して広がります。

また、別の兵士のサンプルからボレリア属の細菌DNAも見つかりました。

詳しい解析により、このDNAは回帰熱の原因菌であるシラミ媒介性回帰熱(Borrelia recurrentis)と判明しました。

回帰熱とは、体に寄生するシラミを媒介に広がる感染症で、周期的に高熱を繰り返すのが特徴です。

【コラム】「発疹チフス」と「パラチフス」は何が違うのか?

「チフス」とつく病気にはさまざまな種類がありますが、実はその原因や症状、感染の広がり方は大きく異なります。まず「発疹チフス」は『リケッチア』という細菌による感染症で、体についたシラミを通して感染します。発症すると高熱や頭痛が出て、体中に赤い発疹が現れます。この病気が「発疹チフス」と呼ばれるのは、この特徴的な発疹が現れるためです。特に戦争や災害などで衛生状態が悪化したときに大流行します。一方「パラチフス」は『サルモネラ菌』による感染症です。こちらはシラミではなく、本文でも触れたように主に汚染された水や食べ物から感染します。症状は高熱や腹痛、激しい下痢などで、体に発疹が出ることはほぼありません。「腸チフス」というよく似た病気の軽い症状版として位置づけられます。名前は似ていますが、「発疹チフス」はシラミが運ぶ病気、「パラチフス」は食べ物や飲み水を介して広がる病気というように、感染経路や症状が大きく異なるのです。ではもうひとつ、今回新たに注目された「回帰熱菌」とはどのような病気でしょうか?回帰熱は『ボレリア菌』というらせん状の細菌による感染症で、シラミが媒介します。特徴的なのは「数日間高熱が続いたあと一度熱が下がり、また再び高熱がぶり返す」ことです。この熱が繰り返し戻ってくる現象から、「回帰熱」と呼ばれています。抗生物質がない時代には特に深刻で、疲れ切った兵士にとって致命的になることも珍しくありませんでした。