(※)なお村田さんの『コンビニ人間』(2016年)は、前に平成史の中に定位したことがある。
歴史を語る単位にしても、別に〈国〉じゃないといけないという決まりはない。たまたま近代のあいだは、①伝承ではなく過去の「史実」を復元したというタテマエの歴史が成立し、②そうした学術研究を支援するために(大学の設置などで)国がスポンサーになった。
でもいまや、Netflix が世界中から視聴料を取り立て、これまたグローバルに歴史コンテンツを配信する時代だ。そっちを見て自分の〈ホーム〉にしちゃダメなんですか? って言われちゃうと、一緒に連載してる浜崎洋介さんは激怒するかもだけど、ぼくは自信がない。
去年の今ごろは、「うおおおおお Yasuke ha Samurai!!」とだけ絶叫するイミフな歴史学者が国立大学からSNSへと出陣して、みんなの笑いものになったけど、まぁ、そうなるゆえんくらいはあったのだろう。