高齢期になると、脳の前頭葉の働きが弱まってきて、感情の抑制が難しくなったり、判断のスピードが落ちたりすることが知られています。
そこにもし、トキソプラズマ感染によって脳内ドーパミンの調整が変化していたら――
たとえば、ちょっとしたことでカッとなったり、強い言葉を投げつけてしまったり、冷静な判断がしにくくなるといった変化の背景には、加齢だけでなく、こうした見えない寄生虫の影響も関わっているのかもしれません。
また、Flegrら(2002)のケース–コントロール研究では、潜在感染者は非感染者に比べて交通事故を起こすリスクがおよそ2倍になることが報告されています。

もちろん、高齢者の行動の変化がすべてトキソプラズマのせいで起きる、というわけではありません。
先程述べた通り、加齢による脳の萎縮や前頭葉の働きの変化、また世代による価値観の変化などが複雑に絡んでいるのは確かです。
ただあくまで高齢に従い「怒りっぽさ」や「衝動性」が増加する要因の1つとして、トキソプラズマの影響は注意すべきかもしれません。
これまで「年のせい」「性格の問題」「脳の衰え」とされてきた行動の一部が、実は“生物学的な感染”によって影響を受けているとしたら、それは私たちの見方を大きく変えることになるでしょう。
そしてこの研究は、私たち自身の行動や、身近な人の性格の変化について、より多角的に理解するヒントを与えてくれます。
では、トキソプラズマの感染を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。
これは基本的には猫の糞に含まれるオーシスト(原虫が外殻で包まれ、土壌中で数カ月生存する形態)が感染源になります。そのためガーデニングや猫のトイレ掃除の際には手袋を使い、手洗いを徹底することが感染リスクを下げる可能性があります。
公園の砂場は、よくネコの糞便が警戒されていますが、ここも感染源になる可能性があります。