これまで心理的な要素や注意力などが、この揺らぎを引き起こしていると説明されてきましたが、実はそれらは表面的な要因であり、根本的には視床と皮質の双方向的なフィードバック回路が感覚を細かく調整しているという、生物学的な理由が明らかになったのです。

特に面白いのは、視床から皮質へと送られるこのフィードバック信号が、ニューロンの細胞膜に存在する特別な受容体(mGluR1受容体)を介して、細胞の興奮性を大きく変えるという発見です。

通常、ニューロンが活性化するためには「AMPA受容体」や「NMDA受容体」といった、素早く反応して即座に細胞を興奮させる仕組みが中心的な役割を果たしています。

ところが視床(POm)からの信号はこれらの速効性の受容体ではなく、ゆっくり作用する代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1)という特殊な受容体を介して、ニューロンの感度をゆっくりと、しかし劇的に高める作用を持つことがわかったのです。

具体的には、このmGluR1受容体の活性化によって「2孔性カリウム漏洩チャネル(K2Pチャネル)」という普段は開いている小さな穴が閉じられ、細胞が刺激を受けた時に普段よりも強く反応しやすくなることが判明しました。

この発見は、なぜ私たちが眠っている間やリラックスしているときには感覚が鈍くなり、逆に注意を払っている時や緊張している時には感覚が鋭敏になるのかという日常的な現象にも、生物学的な理由を与えてくれます。

すなわち、睡眠中や休息中には視床からのこのフィードバックが弱まり、「感覚のダイヤル」が低感度の設定に切り替わっている可能性があり、逆に注意力が高まっている場面では、このダイヤルが高感度モードに調整されるのです。

また、この仕組みは自閉症スペクトラム症(ASD)などの感覚処理に問題を抱える疾患の理解にも新たな光を当てています。

自閉症の人の中には、日常生活の中で普通の人が気にも留めないような刺激に非常に敏感に反応したり、逆に他の人がすぐに気づく刺激をなかなか認識できなかったりすることがあります。