しかし同じ時計でも、日中の賑やかなカフェではまったく気にも留めないはずです。
また何かに夢中になっているときには、肩に触れられたことすら気づかないこともあるでしょう。
その一方で、緊張している場面では、誰かにそっと肩を叩かれただけで飛び上がるほど驚いてしまった経験はないでしょうか。
このように、まったく同じ刺激であっても、そのときの状況や心理状態によって、鮮明に感じたり、あるいはほとんど気にならないくらい曖昧に感じたりといった変化が生じることは、誰もが日常的に体験しています。
しかし、こうした「感覚の揺らぎ」がなぜ生じるのかという問いに対して、これまでの科学は注意力や精神的な集中、周囲の環境要因といった心理的・環境的な説明に留まっていました。
つまり、「脳の内部状態が感覚の強さを左右する」という仮説が主流だったのです。
一方で、感覚を伝える仕組みそのものについては、既に基本的な流れがよく知られています。
私たちが何かに触れると、皮膚にある感覚の受容器が刺激を電気信号に変換し、その信号は神経を通じて脳へと伝えられます。
脳内に入った感覚情報は、まず「視床」という中継地点に送られ、その後、大脳皮質の体性感覚野という部位で初めて意識される「感覚」として知覚されます。
視床はしばしば、感覚情報を皮質へ送る前の重要な「中継駅」にたとえられ、これまではどちらかといえば受け取った信号をそのまま次に伝える、いわば受動的な役割が強調されてきました。
ところが近年の研究により、この視床と大脳皮質のやり取りは単純な「情報のやりとり」以上の意味を持つ可能性が示されつつあります。
従来の研究では、感覚信号は「外界からの刺激を視床経由で大脳皮質が受け取る」という一方向的な流れで考えられてきましたが、最新の神経科学の知見によると、この回路にはもっと複雑な役割分担があるようです。
たとえば、私たちが何かを触ったり見たりするとき、感覚の信号は視床から皮質へと伝えられます。