いいかれれば、「相互関税」の法的正当性が崩壊してしまうのだ。
IEEPAは大統領に関税措置など、広範な権限を与える一方で、その行使はあくまで「非常事態」に限定されており、通常の合意文書や貿易協定にもとづく恒常的な政策ツールとして利用されることは想定されていない。
さらに、関税措置の違憲性を問う訴訟が裁判所に提起された場合、非常事態の正当性が問われ、判事による違法性判断が下される可能性が高まる。
司法は一般に国家安全保障に関わる大統領権限に謙譲的だが、非常事態の終結が示唆されれば、判断が厳しくなることもありうる。実際に、IEEPAに基づく関税措置に対しては複数の訴訟が提起され、一部で「違法」との判断が出たものの、現在上訴中で決着はついていない。
正式な両国間の「合意文書」が存在すると、トランプ大統領が現在採用している国家非常事態宣言に基づく「相互関税」戦略の根幹が揺らぎ、様々な点で不利になる可能性が高いというわけだ。
大統領の裁量権最大化のための「合意文書化回避」戦略
つまり、トランプ政権は意図的に両国間の公式文書化を避け、大統領の裁量権を最大化しているのだ。
IEEPAに基づく関税措置は、米国国内法の枠内で完結する。大統領令は連邦公報に掲載され、関税率や発効日、対象国が公式化されるだけで発動できる。
しかし、トランプ大統領が「不公平な貿易慣行」による「異常かつ重大な脅威」を緩和するための交渉過程で、相手国から提示された譲歩(例:日本からの巨額の投資や市場拡大など)は連邦公報に記載されない。
IEEPAが大統領に与える権限は、国家非常事態宣言下における相手国の脅威レベルに応じた一律の関税率を課すものであり、個別の投資や市場アクセス条項の合意ではないからだ。
この米国の法的枠組みにより、日本は譲歩した約束に法的拘束力を負わないとはいえ、約束を履行しない場合、トランプ大統領は日本側の貿易慣行について「異常かつ重大な脅威」レベルが上がったとみなせば、いつでも「関税再引き上げ」という報復カードを自由に切れる法的構造を維持している。