さらに興味深いことに、相互作用をさらに長く続けると、今度は逆にC–Dペアから元のA–Bペアへともつれが戻る現象も起こりました。
まるでバケツの水が行ったり来たりと揺れ動くように、もつれが「振動」するような状態が観察されたのです。
これは、「もつれ」を局所的な操作で移動させたり再分配したりしても、全体で見るともつれの総量は決して増えないことを示しています。
局所的な操作だけで新しくもつれを生み出すことは量子の基本原理から不可能だからです。
【コラム】「量子もつれの分配」をどう解釈すればいいのか?
量子もつれの分配とは、もともと一対で存在していた量子もつれを、まるで糸を少しずつ引き出して複数のペアに順番にもたらすようなプロセスであることが、今回の研究によって理論的に示されました。この現象を読み解くには鍵となるのが「情報の非局在性」、つまり空間的に離れていても、一度つながった粒子どうしが依然として密接に関連し合うという量子世界の基本特性です。古典物理学的には、遠く離れたものは互いに影響を及ぼさないと考えられますが、量子もつれはそれと真逆の振る舞いをします。これが「非局所性」です。では、分配とは何を意味するのでしょうか。これは単なるコピーや複製ではありません。研究では、一方のペアから部分的にもつれを引き出し、別のペアにゆだねるという操作が理論的に可能であることが示されたのです。すなわち、A–B間のもつれを源とし、C–D間にわずかなもつれを分配する。これを繰り返せば、理論上は多くのペアに非ゼロのもつれを順次分け与えることができます。ただし、全体としてはもつれの総量は増えず、局所操作では新たにもつれを生み出せません。さらに深く見れば、もつれの非局所性は「分離された個物」としての粒子の概念を揺るがします。粒子は離れて存在していても、その状態は決して独立ではなく、全体として「一つ」の情報系として振る舞っているのです。もちろん、この分配によって「高速通信」が可能になるわけではありません。ノーコミュニケーション定理が保証するように、意図的に情報を送受信できるものではないからです。しかし、それでもこの非局所性を使って、量子ビットを複数ユーザーに効率的に分け与える設計は、量子ネットワークや暗号技術の未来的構想に対して大きな示唆を与えます。つまり、「量子もつれの分配」は、非局所的な相関を操作可能な形に応用する、極めて革新的な理論的構想であり、同時に「情報とは空間に依存しない共有可能な資源である」という認識を呼び起こします。