右下隅の大西洋奴隷貿易を主題にした写実的な絵の左上部分にご注目ください。かなり太い木の股で首を抑えられた黒人がひざまずいているところに、奴隷商人のもとで働く監視人が、大きく斧かまさかりを振り上げています。
その場で頭をたたき割って殺してしまうほどの大罪というと、同じように捕まっていた仲間を逃がしてやったことぐらいしか思い浮かびません。いったん奴隷商人に捕まった黒人はほぼ絶対に故郷に戻ることはできないと知れ渡っていたからこその大罪であり、厳罰なのでしょう。
次は、そのへんの事情を文章としてまとめたものをご覧いただきましょう。
私は、英領北米十三植民地は、世界で初めて外見だけではっきり「この人間は奴隷身分の人間だ」と分かる全面監視社会を創出したと思います。
そして、どんなにつらい労働に従事させられたとしても逃げ場がなく、また逃げてもすぐに連れ戻されてしまうことが多いことが奴隷主たちにとって高い生産効率をもたらしたのだと考えています。
とにかく、家族や生まれ育った地域社会から引きはがされて、ことばも、動植物の生態系も、まったく違うところに連れてこられて、武装した監視人のもとで強制労働をさせられるのです。
また、肌の色を始めとして、さまざまな点であまりにも奴隷主階級を形成している白人たちとは身体的特徴が違っています。
なんとか自分が働かされている農園からは逃げたとしても、「だれの持ちものか分からないが、とにかくだれかの奴隷であることは間違いない」と思われ、すぐに捕まってしまうことが多かったでしょう。
この強制労働にはかかせない監視作業のコストが非常に低い労働力だったという点で、近現代に北米大陸とカリブ海諸国でおこなわれていた奴隷制は、それまでの世界史に登場したあらゆる奴隷制とまったく異質なものになっていたことが重要です。
先ほどの4枚の絵のうち、左上は古代エジプト文明に記録が残っているヌビア(現在のエチオピア、スーダンなど)人奴隷も、白人系か中東系だった奴隷主階級と違って黒人だったので、身体的特徴はかなりはっきりしていました。