例えばブラックホールの中心では重力が極限まで強くなり、物理学の方程式が意味を失ってしまいます。
1965年、ロジャー・ペンローズという科学者が一般相対性理論に基づいて、「ブラックホールができると必ず特異点が現れる」と数学的に証明しました。
その後、スティーブン・ホーキングがこの理論を宇宙の誕生にまで拡張し、「宇宙もまた特異点から始まったのだ」と示したのです。
しかしこの特異点という概念は多くの科学者を悩ませてきました。
なぜなら、物理学者にとって物理法則が通用しない領域があるというのは大きな困りごとだからです。
そのため一部の科学者たちは、「なんとか特異点を避けることはできないだろうか?」と考え始めました。
そこで近年注目を集めている量子重力理論という新しい分野です。
これは重力に量子力学の考え方を取り入れ、従来の物理法則では説明できない現象にもアプローチする理論です。
実際に、量子力学の世界では常識外れなことがよく起こります。
例えば、真空中でもごく短時間だけ負のエネルギーが現れる現象(カシミール効果)や、ブラックホールがエネルギーを放出するホーキング放射という不思議な現象が知られています。
これは従来の特異点定理が前提としている「エネルギーはどこでも負にならない」という仮定を根本的に揺るがすものです。
そのため現在の物理学界では特異点重視派と回避派が理論的なしのぎを削っている状況にあります。
SF好きの人にとって特異点の存在はワクワクの源ですが、物理学者の中には、特異点が回避される方が好ましいと考える人もいるからです。
そしてこの両派閥の違いは、宇宙の始まり方にも及んでおり、特異点回避派の人々の打ち立てた理論を積み重ねていくと宇宙の始まりについても新しい見え方「ビッグバウンス」がでてきました。
このビッグバウンス理論では、「宇宙は一回だけでなく、何度も膨張と収縮を繰り返している」という考え方です。