第一の矢:食と健康の主権 これは、彼らの思想の最も特徴的な部分であり、第2章で述べた「身体の政治学」の理論的支柱である。彼らは、国民の健康が、グローバルな製薬会社や食品メジャー、そしてWHOのような国際機関の利益のために、危険に晒されていると主張する。 「食の安全基準」「医療の選択の自由」は、国家が自らの責任で決定すべき最重要事項であり、グローバル・スタンダードに合わせる必要はない、と。この「健康主権」という考え方は、ブレグジットを推し進めた「Take Back Control(主権を取り戻せ)」というスローガンと、根を同じくする。それは、統治の対象を、経済や法律から、より根源的な「生命」そのものへと引き寄せた、新しい主権回復運動なのである。

第二の矢:教育と文化の主権 参政党は、日本の子供たちが、自国の歴史や神話に誇りを持てないような「自虐史観」に基づいた教育を受けていると批判する。そして、ジェンダーフリー教育などを、伝統的な家族観を破壊する「外国からの価値観の押し付け」だと断じる。 これは、アメリカで激しく繰り広げられる「文化戦争(カルチャー・ウォー)」の日本版に他ならない。国家のアイデンティティを、教育と文化の領域で「防衛」し、取り戻そうとする戦いである。彼らが掲げる「伝統」とは、この文化戦争における、最も重要な武器なのだ。

第三の矢:安全保障と外交の主権 この文脈で、参政党が最大の「外部の脅威」として名指しするのが、中国共産党である。彼らは、経済的な結びつき(土地買収や技術流出など)や、政治的な浸透工作によって、日本の主権が内側から侵食されていると、強い警告を発する。 この明確な「外部の敵」を設定することは、国内の「私たち日本人」という一体感を醸成し、より強い国家、すなわち「自主防衛」や「対中強硬姿勢」を正当化する、強力なロジックとなる。これもまた、世界の右派ポピュリストが共通して用いる、古典的で、しかし極めて効果的な手法である。

第三節:「温かい共同体」か「冷徹な現実」か──橘玲との対話