熱量の合計は「照射時間×熱流密度」と考えられるため、いくら高温でも照射時間が短ければ物体を十分に炭化させることはできないのです。
では何が「人の影」を石に焼き付けたのでしょうか。
なぜ石に人の影が残ったのか

何が「人の影」を石に焼き付けたのか?
結論から言えば、この「人影」は決して人そのものが焼き付いたものではありません。
原爆が放った強烈な閃光と熱によって、地表や建物の表面が一瞬にして変色した結果生じた“焼き付き写真”のような現象なのです。
爆発の瞬間、原爆から放出されたまばゆい熱線は周囲のあらゆる物体を照らし出します。
熱線をまともに受けた物体の表面ではあまりの高熱によって「漂白」と呼ばれる現象が起こります。
色素というのは、分子内で電子が自由に動ける仕組み(共役構造)を持っていて、その電子が特定の波長の光を吸収することで色が生まれます。
ところが短時間でもこれほどの高温に達すると、その精巧なバネ構造が熱振動で引きちぎられたり、周囲の酸素と急激に反応して焦げたり揮発したりしてしまいます。
つまり色を生む仕掛けそのものが壊れてしまうのです。
さらに、燃え残った炭素分や顔料の微粒子も、高温酸化で灰やガスへと変わるため、表面にはほぼ無色の鉱物成分や灰色がかった石材だけが残ります。
こうして元の濃い色が消え、光をあまり選ばずに反射する“白っぽい”漂白状態が表れるわけです。
また染料が塗られていない石でも漂白が起こります。
熱線によって花崗岩など鉱物の表面が熱せられると、均一だった表層部分が膨張して微細な凹凸を生み、光の散乱特性を変化させることで反射率を高め、結果として白っぽく見えるという現象が起こるのです。