さらに問題となるのが、「曖昧な喪失(Ambiguous Loss)」の積み重ねです。
心理学者ポーリン・ボスが提唱したこの概念は、「はっきりとした終わりのない喪失」によって起こる心理的疲弊を指します。
職場においては、同僚がひとり、またひとりと辞めていくたびに、信頼関係が断片化し、業務の進め方が変わり、居心地の良かった空間が変質していきます。
そのたびに、人間関係を再構築し、自分の役割を変化させなければならなくなるのです。
これは、単なる追加業務ではなく、感情面での大きな負荷を伴う見えない労働と言えるでしょう。
こうした積み重ねが、「仲間を失い続ける孤独感」や「自分だけが責任を抱えているような圧迫感」を生むのです。
長く残る人の心にあるのは、忠誠や安定性だけではありません。
彼らの心は「知られざる消耗戦」によって絶えず削られているのです。
文化は変わるが「自分は変わらない」という違和感
時間が経つにつれて、企業の文化や価値観は大きく変化していきます。
新たなツールの導入、方針の転換、異なる世代のリーダーの登場などにより、企業は徐々に「昔とは違う組織」に姿を変えていきます。

その変化に対して、長期勤務者が抱きやすいのが、「自分は時代遅れだ」という心理です。
仕事は単なる労働ではなく、自分の能力や存在意義を確認する場でもあります。
しかし、周囲の文化が変わることで、自分の働き方や価値観が次第に「場違い」になっていくような感覚が芽生えてしまいます。
「かつての仲間たちと築いてきたやり方が、もはや通じない」
このような感覚は、自己イメージと職場の現実のズレを引き起こし、自分がまるで過去の遺物になったかのように感じさせます。
さらに、このような長期残留には、職場の「サバイバー症候群」と呼ばれる心理状態も伴います。
本来これは、大規模なリストラなどで”生き残った”社員が抱く、罪悪感や喪失感を指します。