星野リゾートは教科書通りの経営を行う企業として有名だ。
同社が再生を手がけた島根県の老舗旅館「華仙亭有楽」では、かつて団体客をメインに据えた中価格帯ビジネスを展開していた。しかし、観光業界の構造変化とともに稼働率が低迷し、固定費をまかないきれず経営が行き詰まっていた。
星野リゾートが採った戦略は、団体を切り捨て、個人の高付加価値客層に集中するという思い切った方向転換だった。
これは偶然のひらめきではなく、マイケル・ポーターの「集中戦略」という経営理論に基づいた仮説である。市場を広くとるのではなく、価値を感じてくれるセグメントに絞り込み収益性を高める。教科書的な戦略論に立ち返り、それを自社に当てはめることで、大胆かつ妥当性のある方向性を見出すことができたのだ。
結果として客単価は劇的に上昇し、団体対応に必要だった料理人の夜勤や、会場整備コストなどの固定費も不要になり、収益性は大きく向上した。
星野佳路社長はこの判断の背景をこう語る。
『囲碁や将棋の世界に定石があるのと同じように、教科書に書かれている理論は経営の定石である』
『教科書通りに判断したにも関わらず成果が出ない時がある。しかし、それでも最初の一歩としては正しく、そこから戦術を調整すればいい』
引用:『星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則』 中沢康彦 日経BP
つまり、教科書の理論は完璧な正解ではない。だが、迷ったときどちらに進めばいいかについての仮説を与えてくれる。
そして、現場で実践を重ねる中で、定石を調整し、現場仕様に最適化していく。この知識と実行の往復運動こそが、星野リゾートの改革の源泉である。
経営知識は、人や勘に頼らない意思決定の礎となる
また、経営知識があることで、人や勘に頼らない意思決定ができるようになる。
以前、私は小売業の経営者から「在庫が多すぎて、現金が寝てしまっている気がする」と相談を受けた。私はまず、在庫発注のルールがあるかどうかを確認した。すると、この会社には在庫発注のルールはなく、現場任せで「なんとなく」の感覚に頼って発注を行っている状況だった。