ところが不思議なことに、高齢者になると同じ物質が逆に神経細胞を傷つけ、アルツハイマー病の症状を引き起こします。

人生の最初と最後という、まったく異なる時期でまったく異なる役割を持つ同じタンパク質――研究者たちはこの矛盾に大きな謎と希望を見出しています。

赤ちゃんの脳がなぜこれほど大量のリン酸化タウタンパク質にさらされても健康でいられるのか、まだはっきりとは分かっていません。

研究チームは、新生児期の脳には、このタンパク質が凝集して悪影響を与えるのを防ぐ特別な仕組みが存在しているのではないかと考えています。

論文内で述べられている「予想」

  1. 新生児期におけるリン酸化タウが高レベルで存在するにもかかわらず凝集やタングル形成が見られないことは、成人とは異なる生理的メカニズムが働いている可能性。
  2. 胎児期および新生児期にリン酸化タウが神経細胞の成長や神経回路形成など、正常な脳の発達を支える役割を果たしている可能性。
  3. 新生児期においてリン酸化タウのレベルが高い状態が維持されるのは、キナーゼやホスファターゼ(リン酸化を調節する酵素)の成熟が進行しているためである可能性。

つまり赤ちゃんの体では成人と異なる調節機構が働いており、赤ちゃん特有の酵素バランスがリン酸化タウタンパク質が高濃度でも安全な状態で維持している可能性があるという予想です。

もしこの「赤ちゃんの脳を守る仕組み」を解き明かせれば、その方法を大人の脳でも再現することで、アルツハイマー病の進行を防ぐ新たな治療法が開発されるかもしれません。

実際にこの研究の中心的役割を担ったフェルナンド・ゴンザレス=オルティス氏は「新生児の脳がリン酸化タウタンパク質を安全にコントロールしている秘密が分かれば、アルツハイマー病を遅らせたり止めたりする画期的な治療が実現するかもしれない」と語っています。

さらに今回の研究は、アルツハイマー病研究の常識にも挑戦しています。