防衛省、自衛隊を国民の知る権利から守っているのは防衛記者会という防波堤です。
「制服組OBがマスコミに頻繁に出て危機をあおっている」と指摘し、「軍隊は政治的に中立でなければいけない。でも後輩の自衛官は『あんなことをしゃべっても良いんだ』と誤解し始めている」という。
これも頭の悪いはなしです。戦前は現役の軍人でも自分の意見をメディアでのべることもありましたよ。しかも退職した自衛官が何をしゃべろうと自由です。それを規制するべきだというのであれば北朝鮮のメディアにでも転職すべきです。
それに防衛研究所が安倍晋三のいったことを、そのまま拡散するのはいいことなのか?
財政の裏付けも、軍事的な必要性の裏付けもなく、防衛費をGDP比2パーセントまで増やせ、使い方は増やしてから考えればいいと、本来中立であるべきシンクタンクが自民党国防部会の広報みたいなことをやっていいのか。しかも防衛研究所の権威をつかって、個人の資格で、メディアで吹聴して世論操作をしていいのか。
ある背広組は「自衛隊への民主主義の貫徹を行うのは防衛相、首相、国会の役割であり、背広組の役割はその手伝いをすることだ」と語る。しかし、背広組の役割が縮小する中、「文民統制」の徹底は政治家の手腕と能力にゆだねられる側面が大きくなってきた。
これもアレな主張です。制服が直接説明して何の問題があるのか。専門知識がない文官が観念的にまとめた話を政治家に挙げていいのか。
逆にやめた文官が国家安全保障局で本来何の権限もないのに、防衛省が預からないところでイージスアショアやグローバルホークの導入を決めてきたことは問題ないのか。
また安倍政権時代、ぼくは何度も当年予算と補正予算の一体化、それに金額を出さない事項要求について、書いてきたし、会見で大臣にも質問してきました。君ら朝日新聞がその後追いしたか?君たちは何が問題かもわからなかっただろう。
変節することは必ずしも悪いことではない。だがそれならば、変節したようにみえる言動について、自らの言葉で説明する必要があるのではないか。自民党の国防部会の後、質問が出なくなるまで、記者の取材に応じ、自らの考えを自由に、そして、丁寧に話していた石破氏の姿がなんだかなつかしい。