もし、こうした強力な「エネルギー工場」をがん細胞が手に入れたらどうなるかという答えが今回の実験で明らかになりました。

神経細胞由来のミトコンドリアを受け取ったがん細胞は、脳への転移巣で通常の細胞に比べ約9倍も多く見つかったのです。

つまり神経細胞から受け取ったミトコンドリアが、がん細胞を「転移先で強く生き残れるエリート細胞」へと変化させる可能性が示されたのです。

さらに今回の結果は、特定のがんが特定の臓器に転移しやすいという、これまでの謎の解明にも役立つかもしれません。

特に脳への転移が多いのは、脳の神経細胞のミトコンドリアが、がん細胞にとって非常に都合のよいエネルギー源だからかもしれません。

では、この新しい発見を治療に活かすことはできるでしょうか?

研究では、神経からがん細胞へのミトコンドリアの移動を遮断することで、転移を抑えられる可能性が示されました。

ボツリヌス毒素を使って神経との接触をブロックすると、神経由来のミトコンドリアの移動が大幅に減少することが確認されました。

別の実験でも、この神経遮断により腫瘍の成長や侵襲性が抑えられることが示されています。

つまり、神経とがん細胞の直接の接触を遮ることで、ミトコンドリアの供給経路を断ち切り、がんの転移を防ぐという治療法が将来的に可能になるかもしれません。

また、今回研究チームが開発した「MitoTRACER」という新しい技術は、ミトコンドリアが細胞間を移動する仕組みを研究する上で非常に役立つと考えられます。

MitoTRACERは、神経からがん細胞にミトコンドリアが移動した瞬間を正確に捉え、その細胞がその後どのような運命をたどるかをずっと追跡できる画期的なツールです。

がん研究だけでなく、例えば神経の病気や再生医療など、さまざまな分野で幅広く活用される可能性があります。

例えば、病気やけがで弱った組織に健康な細胞のミトコンドリアを届け、回復を促す治療法への応用が考えられます。