この仕組みを使って、マウスで乳がんの転移を詳しく調べたところ、神経細胞からミトコンドリアを受け取ったがん細胞は、受け取っていない細胞よりも肺や脳といった遠く離れた転移先で圧倒的に多く見つかりました。
つまり、神経細胞から受け取った「エネルギータンク」を持つがん細胞は、転移した臓器の厳しい環境にも適応しやすく、生き延びて増殖できる可能性が極めて高いことが分かったのです。
がんの巧妙な戦略『エネルギー泥棒』が転移を促進

今回の研究によって、がん細胞が神経細胞からミトコンドリアという細胞内の「エネルギー工場」を直接受け取ることで、転移を促進する可能性が世界で初めて示されました。
従来、細胞がエネルギーを確保するためには自分自身でミトコンドリアを増やしたり、代謝経路を工夫したりすることが知られていました。
しかし今回明らかになったのは、がん細胞が周囲の神経細胞から「完成されたミトコンドリア」をそのまま譲り受けるという、全く新しい仕組みだったのです。
そもそもミトコンドリアとは、細胞が生きていくために欠かせないエネルギーを生み出す小さな工場のようなものです。
通常、がん細胞は自分自身のミトコンドリアを使ってエネルギーを得ていますが、それだけでは転移のような過酷な状況を乗り越えるのは簡単ではありません。
特に転移先の臓器では栄養が不足したり、血流や酸化ストレスなどの厳しい環境が待ち構えているため、通常のエネルギー供給ではがん細胞が生き残るのは困難です。
今回の研究で注目すべきは、がん細胞が神経からミトコンドリアを受け取った場合、これまでよりもずっと効率よくエネルギーを作れるようになった点です。
特に脳に存在する神経細胞のミトコンドリアは非常に高性能で効率がよいことが知られています。
実際、人間の脳は体重のわずか2%しかありませんが、全身のエネルギーの20%以上を消費するほど、高度なエネルギー供給を行っています。