なぜマイクロソフトやGoogleは岩石風化促進に注目するのか?

 MicrosoftやGoogleのような巨大テック企業は、自社の事業活動に伴うCO2排出量を実質ゼロにするだけでなく、過去の排出量も含めて大気中から除去するという野心的な目標(カーボンネガティブ)を掲げている。その達成のためには、大量かつ永続的なCO2除去を可能にする技術が不可欠だ。

 岩石風化促進技術は、以下の点で彼らのニーズに応える可能性を秘めている。

1.高い永続性(Durability): 岩石によって固定化されたCO2は、数百年から数千年という地質学的スケールで安定的に貯留されるため、森林再生など他の自然ベースの解決策と比較して再放出のリスクが低いと評価されている。

2.スケーラビリティの可能性: 原料となるケイ酸塩岩などは地球上に豊富に存在し、農地や鉱山跡地などを活用することで、理論上はギガトン規模のCO2除去ポテンシャルがあるとされている。

3.コスト効率への期待: 特に未利用の岩石資源(砕石ダストなど)を活用したり、土壌改良といった共同便益を考慮したりすることで、将来的に他のCDR技術と比較してコスト競争力を持つ可能性がある。

4.共同便益(Co-benefits): 農地への適用による土壌のpH調整、必須ミネラルの供給による作物収量の向上、海洋アルカリ化による海洋酸性化の緩和といった、CO2除去以外の環境・社会への貢献も期待されている。

 これらの理由から、MicrosoftはFrontier Fundなどを通じて岩石風化促進技術を持つスタートアップからCO2除去量を購入しており、Googleも同様の動きを見せている。彼らの投資は、技術開発を加速させるとともに、カーボンクレジット市場における岩石風化促進技術の信頼性を高める効果も期待される。

社会実装への道筋―NEDOプロジェクトと産学連携

** ――日本国内での具体的な社会実装のイメージや、現在進められている研究プロジェクトについて教えてください。NEDOの「ムーンショット型研究開発事業」でも、先生がプロジェクトマネージャーを務める「岩石風化ポテンシャルを最大限に引き出すCO2固定システムの開発」が採択されていますね。 **

** 中垣教授 ** :はい、NEDOのムーンショット目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」の一環として、私たちのプロジェクト「岩石風化ポテンシャルを最大限に引き出すCO2固定システムの開発」が2023年度から本格的に始動しました。このプロジェクトでは、2050年にCO2純排出量1ギガトン/年の削減ポテンシャルを持つ岩石風化促進技術の確立を目指しています。

 具体的には、以下の3つの主要な研究開発テーマに取り組んでいます。

1.岩石風化促進メカニズムの解明と最適化: 様々な種類の岩石(特に国内で豊富に存在する玄武岩やかんらん岩など)について、風化速度を最大化するための最適な粒度、散布環境(土壌の種類、水分量、温度など)を明らかにします。

2.CO2固定量の高精度評価技術(MRV)の開発: 岩石風化によって実際にどれだけのCO2が大気中から除去・固定されたのかを科学的根拠に基づいて正確に測定・報告・検証する手法を確立します。これはカーボンクレジット市場での取引や政策的な評価において不可欠です。衛星データやAIを活用した広域評価技術の開発も進めています。

3.社会実装モデルの構築とLCA/TEA評価: 日本国内の具体的な候補地(農地、森林、休廃止鉱山など)を選定し、実証試験を通じて技術的な課題を克服するとともに、経済性(TEA: 技術経済性評価)や環境影響(LCA: ライフサイクルアセスメント)を総合的に評価し、持続可能な社会実装モデルを構築します。

 このプロジェクトには、早稲田大学を中心に、産業技術総合研究所(産総研)、北海道大学、九州大学、電力中央研究所といった国内の主要な研究機関や大学が参画し、企業とも連携しながらオールジャパン体制で研究開発を進めています。

 産総研とは、以前から岩石風化促進技術のLCAやTEAを行うための評価ツール開発で協力しています。このツールを用いることで、異なる種類の岩石や散布場所、適用方法におけるCO2固定化量やコストを計画段階で予測できるようになります。

 日本国内での具体的な適用先としては、農地への散布が有望です。土壌改良効果も期待できるため、農業との連携が鍵となります。特に日本では水田が有力な候補地とされており、国内の水田の10%に岩石風化促進を適用した場合、年間300万トン以上のCO2削減効果が見込めると試算されています(日経クロステック記事より)。その他、休廃止鉱山の活用(酸性排水の中和処理とCO2固定化の同時実現)や、ハウス内に設置したトレイに粉砕した岩石を載せてCO2固定を促す「気固接触方式」なども研究されています。

** ――社会実装に向けて、最大の課題は何でしょうか? **

** 中垣教授 ** :やはり「測定・報告・検証(MRV)」の確立です。固定化されたCO2の一部は地下水などによって移動する可能性があり、最終的にどれだけのCO2が大気中から除去されたのかを正確に把握し、検証可能な形で報告する手法を確立する必要があります。MRVが確立されなければ、カーボンクレジットとしての価値も認められにくく、企業も参入しづらくなります。

 現在、世界中でMRV手法の開発競争が激化しており、私たちもNEDOプロジェクトなどを通じて、高精度な測定技術やモデリング手法の開発に注力しています。