●この記事のポイント ・地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、気候変動を抑制するために世界中で推進されているカーボンニュートラルの動き。 ・そんななか、空気中のCO2を吸着する技術として「岩石風化促進」がにわかに脚光を浴びている。マイクロソフトやGoogleも、この技術を持つ企業と提携して炭素除去クレジットを購入するなど多額の資金提供を行っている。
地球温暖化対策が世界の喫緊の課題となる中、大気中の二酸化炭素(CO2)を能動的に除去する「ネガティブエミッション技術」への期待が高まっている。その一つとして、岩石の自然な風化プロセスを人工的に加速させ、CO2を固定化する「岩石風化促進(Enhanced Rock Weathering: ERW)」技術が注目を集めている。この技術は、そのポテンシャルの高さから、カーボンニュートラル達成に向けて野心的な目標を掲げるGoogleやMicrosoftといったグローバル企業からも、CO2除去量の購入という形で具体的な投資対象として熱い視線が注がれている。
この分野の研究を牽引し、国の大型プロジェクトも率いる早稲田大学 理工学術院教授の中垣隆雄氏に、岩石風化促進技術の基本的な仕組みから、他のCO2回収・除去技術との違い、そして社会実装に向けた課題と展望まで、詳しく話を伺った。
目次
- 岩石風化促進とは?―自然の力を借りたCO2除去のメカニズム
- DACと岩石風化促進とのコスト面、実用面での比較
- 岩石を砕き、撒く―その効果と持続性、そして課題
- なぜマイクロソフトやGoogleは岩石風化促進に注目するのか?
- 社会実装への道筋―NEDOプロジェクトと産学連携
- 未来展望―地球の自然治癒力を、人間の手で
岩石風化促進とは?―自然の力を借りたCO2除去のメカニズム
** ――まず、岩石風化促進技術の基本的な仕組みと、他のCO2回収・除去技術(CDR: Carbon Dioxide Removal)との違いについてご説明いただけますでしょうか。 **
** 中垣教授 ** :私たちが取り組んでいるのは、CDR、別称ネガティブエミッション技術の一つです。CDRは大きく二つに分類できます。一つは、森林やブルーカーボン(海洋生態系によるCO2吸収)など、植物の光合成を利用して大気中のCO2を取り込み、貯留する方法です。これを何らかの方法で加速させようというアプローチです。
もう一つは化学反応を利用する方法で、これには「自発的に反応が起こるもの」と「外部からエネルギーを加える必要があるもの」の2種類があります。後者の代表例が「DAC(Direct Air Capture:直接空気回収)」です。DACはCO2を選択的に回収できますが、吸収材からCO2を分離して再利用する際にエネルギーを必要とします。回収したCO2は地下貯留などによって隔離する必要があり、「DACCS(Direct Air Capture with Carbon Storage)」とも呼ばれます。
一方、岩石風化促進は、化学反応を利用しつつも、自発的に反応が起こり、CO2を安定的に固定化する点が大きな特徴です。CO2は、例えば水素と結合させて合成メタンなどの燃料に戻すことも考えられますが、CO2自体が燃料の燃焼後の物質であるため、燃料に戻すには投入したエネルギー以上の便益を得ることは難しく、多大なエネルギーが必要です。化学的にはギブズエネルギーという指標があり、CO2のギブズエネルギーは-394kJ/mol程度ですが、燃料はよりプラスの値になります。マイナスからプラスへ移行させるには外部エネルギーが不可欠です。
ギブズエネルギーとは、「ある化学反応が自然に進むかどうかを決めるエネルギーの指標」です。簡単に言うと、ギブズエネルギーの変化(ΔG)がマイナスなら、その反応は外からエネルギーを加えなくても勝手に進みます。逆に、ΔGがプラスなら、反応を進めるには追加のエネルギーが必要になります。例えば、水が氷に変わるのは気温が低いと自然に起こります(ΔGがマイナス)。しかし、水を100℃以上で蒸発させるには熱を加える必要があります(ΔGがプラス)。この指標を使えば、「この化学反応が自発的に進むか?」を予測できるので、電池や燃料の開発、環境技術など様々な分野で活用されています。
しかし、岩石風化促進では、CO2を炭酸塩(マグネシウムやカルシウムの炭酸塩、またはそれらを含むケイ酸塩やアルミナ酸化物など)として固定化します。この反応で生成される炭酸塩のギブズエネルギーは-1000kJ/mol以上と、CO2よりもさらに低い値になります。ギブズエネルギーがよりマイナス(低い)方向へ進む反応は自発的に起こるため、外部からエネルギーを投入する必要がないのです。これが岩石風化促進の最大の利点であり、DACとの根本的な違いです。