創業者自身の「1年に及ぶリハビリ」から生まれた革新

 Hinge Healthの創業は、共同創業者であるダニエル・ペレス氏とガブリエル・メクレンブルグ氏自身がMSK(筋骨格系)疾患に苦しみ、従来のリハビリテーションに対して強い課題意識を抱いたことがきっかけである。

 ペレス氏は自転車事故で腕と脚を骨折し、メクレンブルグ氏は柔道で前十字靭帯を断裂。両者ともに12カ月に及ぶリハビリを経験した。その中で実際に通ってこなす必要があるプログラムの多さや、個々人の症状に合わせることの限界、質のばらつきなど様々な問題点を肌で感じたという。

 そこから生まれたのが、「テクノロジーを用いてケアそのものを自動化する」というアイデアだ。患者側はいつでもどこでも高品質でパーソナライズされたケアを受けることができ、同時に医療従事者の業務負担を軽減することで、人間にしかできないコミュニケーションや交流などに重きを置ける環境づくりを目指した。

 多くの場合、ヘルスケアにおける人間同士のやりとりは「受付や会計業務のスタッフとの間で生まれ、医療従事者との間ではない」と彼らは指摘する。「非直感的ではあるが」と添えた上で、デジタル技術を導入することで医療従事者が他の業務から開放されれば、よりHuman Touch(人の温もり)がある医療体験を実現できるという。

 2012年にMarblar Limitedとして同社を設立し、2014年にはHinge Healthとしての最初のプロジェクトが始動した。2カ月後には膝の痛みに特化した試作品を開発し、実際に患者に提供したところ、ものの数週間で「劇的に」痛みが改善する成果を得られた。

 そこから2016年に米国で最初の顧客向けにサービスの本格展開を開始。国民保険プランを提供する会社とのパートナーシップなど法人との提携を軸にサービスを拡大していく。2022年時点で法人顧客は1000社を突破し、利用メンバー数は現在累計100万人以上に上る。

スマホで完結。AIが実現する「パーソナル理学療法士」

 Hinge Healthが提供するのは、理学療法を個人のスマホアプリ上で完結させるプラットフォームだ。ユーザーは、整形外科医や理学療法士が監修した個々の症状や目標に合わせた運動療法に取り組むことができる。

 対象は予防から急性期・慢性期のケア、手術前後のサポートに至るまで多岐にわたり、首、肩、腰、膝など16の身体部位に対応する。

 ユーザーはまず10個の質問への回答を通じて、自分の症状や生活習慣、目標を登録。いくつかのエクササイズを記録することで、自分にあったリハビリ計画・運動内容が生成される。もちろん症状が変化すれば、プログラムも適切に修正される仕組みだ。

 Hinge Healthの強みは、AIを活用した独自技術群と独自のチームにある。具体的には、AIによるモーショントラッキング技術「TrueMotion」、FDA認可の疼痛緩和用ウェアラブルデバイス「Enso」、そしてAIによって業務がサポートされる理学療法士、医師、健康コーチからなる専門家チームである。