つまり研究者たちが予測したように「人間の脳は物語を1度に4段階程までしか細分化できなかった」わけです。
例えば、人が思い出す内容の長さ(再話の文章数)は物語が長くなるほど増加しますが、その増え方は物語の長さに比例して直線的に伸びるわけではありません。
モデルによると、物語が長くなるにつれて再話の長さの伸びは次第に緩やかになり、非常に長大な物語では再話の長さはほぼ頭打ちになる(いくら長編でも人が覚えて話せる内容には限度がある)ことが示されました。
実験データでも実際に、物語の長さが2倍、3倍と長くなっても人々が書き出す要約はそれほどの長さにはならないという、サブリニア(非線形)的な関係が確認されています。
さらにモデルは「圧縮率」と呼ばれる量、すなわち一つの想起文が元の物語中の何文分の内容をまとめているかについての分布も再現しました。
物語が長くなるほど、一文で表現される内容の尺が大きくなる(多くの出来事をまとめてひとまとめにする)傾向があり、モデルによれば物語が十分長くなると「各想起文がカバーする物語全体に占める割合」の分布が物語の長さに依存しない普遍的な形に収束するといいます。
言い換えれば、非常に長い物語では、一つひとつの記憶断片(要約文)が全体の中で占めるスケールが一定になるというスケール不変なパターンが現れるという予測です。
実際、AIを用いた圧縮率の解析でも、参加者たちの想起データから得られた圧縮率の分布がモデルの理論計算とよく一致することが確認されました。
こうした結果は、階層的ツリーモデルが人間の物語記憶の特徴を捉えている有力な証拠と言えます。
また、このモデルは人々が物語を元の順序どおりに思い出す傾向を示す理由も自然に説明できます。
ツリー上位の幹や太い枝に当たるノード群が物語全体の粗筋となっているため、再話の際には上位の要約を順番に辿ることで、話の筋道を見失わずに済むのです。