東京は稼ぐ人には便利な街だが、全員がそれを実現できるとは限らないのだ。
文化的機会はどの程度価値が高いか?
東京は美術館、劇場、ライブハウスなどが豊富で、文化的な刺激に溢れている。また、食文化やエンタメ資源も非常に多く、東京に行くたびに目移りするような楽しさに溢れている。だが、文化的な機会の豊富さは本当に裏側のデメリットに見合うのだろうか?
前述した「生活コストの高さ」と文化的機会の多さがイーブンに釣り合うかはわからない。筆者はそうでないと思っている。
確かに東京出身者にとって毎日のようにイベントやエンタメに困らない生活は魅力の一つだろう。しかし、その代償として高い生活コストを支払っている。加えて、文化的機会は一部のアーティストやクリエイターを除けば「受動的なインプット」である。
受動的なインプットを楽しみ「続ける」のは簡単ではないと考えている。少なくとも筆者は「インプット1-2割、アウトプット8-9割」の生活をしており、文化的なシャワーは年に1-2回上京し、たとえばAI研究者からテクノロジーを学ぶ、といったピンポイントでのイベント参加で十分だと感じる。
感受性を動かしたいなら、地方でも伝統文化の体験やイベントが豊富であり、東京に劣らない文化的な機会がある。
この文化的機会のために住むには、コストリターンに見合わないと感じる。
「人との出会い」はどうか?
地方から東京を目指す人は上昇志向が強めであり、中には「はみ出しもの」のような人もいて刺激的である。
東京では魅力的な人との出会いは最大級の価値の一つと言える。自分自身、非常に優秀なビジネスマンや、今の妻との出会いで人生が大きく変化したのでこれは肌感覚でも疑いようもない事実だ。
地方に住んでいると「高齢者ばかりで若い人がいない」とか「文化的理解や価値観が閉鎖気味」という程度であることが多い。あくまで「魅力的な人が相対的に少ない傾向」ということに過ぎない。実際に深く付き合ってみると、総じて純朴でいい人が多いだと感じることは少なくない。