世界中で壁打ち 海外投資家は日本をどう見ていたか

 スピード感のある立ち上げだったとはいえ、当初から順風満帆だったわけではない。創業当初は、日本在住あるいは来日した外国人起業家を支援する構想が中心にあった。しかし次第に、地政学的な変化やマクロ経済の動向、日本が持つ独自のポテンシャルを踏まえた戦略へとシフトしていく。

 その転換の裏には、世界中の投資家と行った約300件に及ぶ壁打ちとディスカッションがある。前職時代のネットワークだけでなく、積極的なコールドコールを通じて投資家にアプローチ。限られた資金での海外出張では空港泊も辞さず、二人は世界を飛び回った。

 対話を重ねる中で見えてきたのは、海外投資家たちの「日本市場に対する関心と不安」だった。興味はある。だが、情報が届かない。スタートアップが本当に存在するのか、どんな起業家がいて、どのVCがどんなテーマに投資しているのかーー言語と文化の壁の中で、何も見えていなかったのだ。

「それなら、自分たちがその橋渡しをしよう」。海外との対話を重ねる中で、彼らのミッションは明確になっていった。日本に眠る起業家やスタートアップが、もっと海外に対して発信力と接点を持てるプラットフォームを築く。それこそが、ACPの果たすべき役割だと。

「“ファンドを作った起業家だ”と、LPの方から言っていただいたこともありました」と夏目氏は語る。その言葉には、ゼロから仕組みを立ち上げた二人の情熱と信頼が映し出されている。

世界の「共通スタンダード」目指せる企業に投資

「2023年以前と現在を比較しても、『天と地の差』と言えるほど海外投資家による日本スタートアップへの出資は急増しています」と夏目氏は言う。

 この要因は二つある。一つは、「スタートアップ育成5か年計画」をはじめとする、スタートアップ支援施策など日本政府の政策的な後押しだ。

 もう一つは、地政学の変動と他のマーケットの状況だ。特に米中の経済対立により相互の投資が難しくなる中、グローバルで見ると米国・中国以外の「第三極」として日本が再注目されている。東南アジアも選択肢として挙がるが、流動性やExitマーケットの面でまだ弱さがあるという。

「日本のチャンスは少なくとも今後5年から10年は続くと考えています」(夏目氏)

 そうした潮流のなかで、ACPが出資するのは、どのようなスタートアップなのか。現在の投資先は12社。プレシード〜シードラウンドが中心で、1社あたりの投資額は数千万円規模が主流だ。業種にはこだわらず、「世界で共通スタンダードを取れるかどうか」が、最上位の投資判断基準となる。

 出資先には、日本と世界のスタンダードを接続するような企業が並ぶ。たとえば、野球の投球データを解析するKnowhereは、千葉ロッテマリーンズやMLBのテキサスレンジャーズにも技術を導入している。

「野球のルールは万国共通。その中で、日本はWBCでの優勝実績もあり、日本人選手の活躍も目覚ましい。ニッチな市場に見えるかもしれませんが、日本のスタートアップが“共通スタンダード”を取りにいける領域だと考えています」(夏目氏)

 こうした視点は、他の支援先にも通底する。次世代音楽IP制作プロダクションのVOLVE CREATIVEは、YouTube経由で5万人以上のフォロワーを獲得し、中国・韓国・欧州にも広がるファン層を持つ。また、AIとIPを組み合わせ、中間業者を介さず玩具を自動デザイン・生成・製造するAdofaerなど、プロダクトだけでなく製造プロセスそのものに革新を起こす企業にも投資している。

 ACPの特徴は、「グローバル=米国」という一元的な見方を取らない点にある。中国、韓国、東南アジア、欧州など、それぞれの市場で日本企業が“勝てる戦い方”があるという視点で支援を行っている。

 カギとなるのは「違和感」だ。

「海外の人にとって“違和感”のあるものこそ、実は市場がある」と二人は口をそろえる。夏目氏と李氏は、ともに海外にいた時期が長かったぶん、日本の文化とその他の文化の間にある違和感を感じ、そこにマーケットが見えるのだという。

「日本由来のイチゴを生産・販売するOishii Farmが米国で話題になったのは、米国には野イチゴのような酸っぱいイチゴしか存在せず、日本のように形が整っており、甘いイチゴがなかったから。日本人から見た『普通』が世界の『普通』でなかったとき、圧倒的なマーケットになる可能性があります」(夏目氏)

 現場の空気をしっかりと感じるために、毎年米国、中国、さらに韓国、東南アジアに足繁く通う夏目氏と李氏。必ず見て回るのは、スーパーマーケットと大学だという。

「スーパーマーケットで消費トレンドを観察したり、知り合いづてに学生とアポを取り、現地のトレンドや価値観を探るんです」(夏目氏)