宇宙の始まりを『外から眺める』のではなく、“ブラックホールの内側で起きること”を手がかりに内側から解く──という研究チームの発想は上手く機能したのでしょうか?

ブラックホールは星の重力崩壊で生まれますが、その内側(事象の地平面の奥)を一般相対性理論で追うと、必ず密度無限大の特異点で行き止まりになります。

しかしこれは「量子効果は無視できる」という前提付きの結論です。

なぜ特異点では量子効果が無視されることが前提なのか?

特異点定理が「量子効果は気にしなくていい」と豪語できたのは、証明の舞台を“シルクのように滑らかな時空”に限定したからです。そこではエネルギーも運動量も、あたかも連続体の水流のように振る舞うと仮定し、光の束の収束具合やエネルギー条件を粘り強く追い詰めれば、論理はまっすぐ“行き止まり=特異点”に突き当たります。

けれども特異点に近づくにつれて曲率が発散し(時空の曲げ具合が限界なく急カーブになり、紙を一点に折りたたむと無限に尖るようなイメージ)、曲率半径がプランク長より小さくなる頃には量子重力が無視できなくなる、と広く考えられています。

(※プランク長は、物理学で「これより小さい長さを測ろうとすると、もはや現在の理論(一般相対性理論と量子力学)が同時に成り立たなくなる」と考えられている“極限のものさし”でおおよそ1.6×10⁻³⁵メートルとされています。)

にもかかわらず定理は「その極小世界でも滑らかな布地モデルが通用する」と前提して組み立てられているため、量子の揺らぎやパウリの“席取りゲーム”といった離散的・非局所的な効果は数式から最初から締め出されるのです。要するに「量子効果は取るに足らない」のではなく、「量子効果を計算に載せる術がなかったクラシカルな枠組みで勝負した」ゆえに無視せざるを得なかったのです。

──そこへ今回のモデルは量子排他圧という現代的な“圧力”を持ち込み、行き止まりと思われていた特異点の標識をあっさり引っこ抜いてみせた、というわけです。