ここでは話を単純にするために、ソ連ファクターだけに論点を絞ります。冷戦期において、日本の安全保障に対する最大の脅威はソ連でした。ソ連が日本に軍事侵攻しなかったから、日本の平和は保たれたのです。

そうだとすれば、日本の平和維持には2つの因果経路が推論されます。1つは、ソ連が日本の防衛力により抑止されたということです。もう1つは、ソ連がそもそも日本を侵略しようとしていなかったということです。

どちらの仮説がより妥当であるかは、旧ソ連の対日政策決定の史料が、ある程度は教えてくれるはずです。ソ連は、日本の防衛力による拒否のコストが利得を上回ると判断して侵略を自制していた証拠があれば、前者の仮説が正しい可能性は高くなります。このことは基盤的防衛力の政策としての有効性を裏づけるでしょう。他方、ソ連の日本に対する威嚇はブラフに過ぎなかったのであれば、基盤的防衛力は機能していなかった可能性が高まります。

このように、日本の安全保障の因果メカニズムは、科学的に検証可能なのです。はたして、このことを研究した書物や論文あるいは調査は存在するのでしょうか。

アメリカでは、政治学者や歴史学者を中心に、冷戦期におけるアメリカの対ソ戦略の有効性に関する実証研究が盛んに行われています。

たとえば、ソ連のベルリン侵攻は、西ベルリンおよび西ドイツに展開していた米軍の「トリップワイヤー戦力」が抑止していたと信じられていましたが、実際は、ソ連がベルリン侵攻を企図していなかったことが研究者によって明らかにされています。すなわち、ベルリンをめぐるトリップワイヤー(仕掛け線)による抑止は、虚構だったのです。また、レーガン政権のソ連に対する「大戦略」が、同国の譲歩と穏健化を促したことも、長年の研究の蓄積から分かってきました。

ひるがえって、日本の対ソ「戦略」は、はたして日本の安全保障にどのくらい寄与していたのでしょうか。こうした実証なくして、われわれはどうやって基盤的防衛力構想にもとづく日本の防衛政策が正しかったかどうかを知ることができるのでしょうか。

検証されない日本の防衛政策