つまり精子‐卵子のペアは動物と植物の系統で独立して誕生し、それぞれが独自に改良を重ねてきました。
こうして精子というアイデアが定着すると、生殖相手との距離はぐっと広がり、遺伝子をシャッフルする効率が一気に向上しました。
淡水へ進出したコケやシダの祖先は雨や露の薄い水膜を利用して精子を走らせ、陸に上がった昆虫や爬虫類、哺乳類は水に頼らない内部受精を発明します。
こうして精子は“水泳選手”から“宅配便”へと用途を拡大し、ほぼすべての動物門で標準装備になりました。
しかし精子が自由に泳ぎ回れるようになると、卵子は種外の精子まで招き入れてしまう危険にさらされます。
そこで動物たちの卵に「門番」が誕生しました。
たとえば魚の卵殻には卵門(ミクロパイル)という一点突破口だけが残され、「ここからしか入れません」と制限をかけます。
例えば太平洋ニシンの研究では、海水中に放出された精子はほとんど動かず漂っていますが、卵の卵門付近に近づいた瞬間に活発に動き出すことが報告されています。
ゼブラフィッシュなど多くの魚でも、水に触れた時点で精子は活性化しますが、卵門近傍では運動がさらに活発化することが知られており、卵門周辺には精子を引き寄せる何らかの仕組みが存在すると考えられます。
つまり魚の卵門は唯一の門であるだけでなく、そこまでたどり着いた精子を元気にする因子が存在する可能性が示されています。
一方、陸に上がった哺乳類の卵は透明帯と呼ばれる糖タンパク質の厚い膜で守られ、「合わない鍵は溶かせません」と精子をふるいにかけ、鍵と鍵穴のように対応するタンパク質を持つ者だけが、次の世代へ進めるわけです。
精子も、マウスでは粘度の高い体液を長時間泳ぎ抜けるタフな尾を振り続け、ゼブラフィッシュではわずか数十秒で勝負を決める“一発屋”として一気に活性化するなど、性格も装備も対照的です。
このように、哺乳類と魚類の間で受精の方式は異なりますが、いずれも卵の周囲の構造(透明帯や卵膜)が「種の壁」として機能し、種の異なる精子が容易に卵に侵入できないようになっています。