しかし、この奇跡という認識は本当に正しいのでしょうか?

20世紀初頭にエジプトで活躍したエリオット・スミス(1871~1937)は「発掘にかかわったほぼ全ての考古学者たちは、脳が保存されていたという事例を知っている」と、意外な言葉を残しています。

そこで今回、オックスフォード大学の研究者たちは17世紀半ばまで記録を遡り、脳を発見したとする事例を収集しました。

すると報告されただけでも4400個以上の脳が発掘されていたことが判明します。

この数は、奇跡と呼ぶには多すぎます。

発見場所も古墳、沈没船、井戸の底、鉛の棺の中、ベルギーの教会墓地、インカの生贄とさまざまであり、最も古い脳はロシアの永久凍土から発見された1万2000年前のものでした。

また最近の脳としては、北極探検家やスペイン内戦で死んだ兵士の脳が含まれていました。

脳が保存されるのに気候はそれほど関係ないようだ
脳が保存されるのに気候はそれほど関係ないようだ / Credit:Alexandra L. Morton-Hayward et al . Human brains preserve in diverse environments for at least 12 000 years . Proceedings of the Royal Society B Biological Sciences (2024)

一般には、脳のような軟組織が保存されるには、極端な乾燥や凍結が必要だと思われてきましたが、発見位置は南極を除く6大陸全域に及んでいます。

さらに興味深いことに、4400個のうち1300個の脳では、発見時に脳以外の全ての軟組織が失われ、ほぼ白骨化していました。

つまり脳だけが残っているケースが全体の30%に達していたわけです。

これは脳が脆弱な組織とする認識からは、考えられない結果です。

次に研究者たちは、発見時の脳の状態を分類してみました。

すると脱水(37.8%)、冷凍(1.6%)、けん化(29.7%)、皮革化(0.7%)、プルプル(30.1%)という比率になっていることが判明します。

「けん化」は石鹸のようになる現象、「皮革化」は組織が革のように硬くなる現象
「けん化」は石鹸のようになる現象、「皮革化」は組織が革のように硬くなる現象 / Credit:Alexandra L. Morton-Hayward et al . Human brains preserve in diverse environments for at least 12 000 years . Proceedings of the Royal Society B Biological Sciences (2024)