通常のシミュレーション(調和近似にもとづく第一原理計算)では今回のような振動の混じり合いは再現できないため、新たな理論モデルを構築する必要がありました。
鍵となったのは機械学習(マシンラーニング)の技術です。
研究チームは近年発展した「機械学習ポテンシャル」という手法を用い、原子の振動エネルギー面を高精度に再現するモデルを作りました。
具体的には、大量の計算データから機械学習を組み込んだ SSCHA(確率的自己無撞着調和近似)で振動を再現しています。
この機械学習モデルの導入により、カービンとナノチューブ間の非調和(アンハーモニック)な振動相互作用まで考慮した理論計算が可能となりました。
その結果、実験で観測された振動スペクトルの新たな特徴が、本来の「決まったリズム」から少し外れた振動どうしがぶつかり合い、その余波として小さな“こだま”のような新しい揺れが生まれていることがわかりました。
簡単に言えば、ナノチューブとカービン鎖それぞれの振動モードが強く干渉し合い、互いの振動を引きずり合うことで新たな振動ピークが生まれるというメカニズムです。
これは二つの楽器の音が響き合ってハーモニー(倍音)を生み出すようなものであり、従来説明不能だったスペクトルの謎を見事に解消しました。
この解明により、カービンという素材の実用への展望も開けてきました。
カービン鎖は極めて細く繊細なため、わずかな環境の変化にも振動状態が反応します。
言い換えれば外部の影響に対する感度が非常に高いのです。
今回示されたように、その微小な変化が振動スペクトル(光で読み取れる信号)に表れるため、カービンはナノスケールの光学センサーとして利用できる可能性があります。
研究グループを率いるトーマス・ピヒラー教授(ウィーン大学)は「カービンの高い感度は、将来の材料やデバイスにおいてナノスケールの非接触型光学センサー――例えば熱輸送を測定するための局所温度センサー――としての応用において極めて重要になります」とコメントしています。