なお研究チームは、行動実験の結果がこの「現実しきい値モデル」でうまく説明できることを計算機シミュレーションで確認しています。

モデルの予測どおり、一致状況では想像の鮮明さと「見えた/見えない」の判断結果が強く連動し、不一致況では両者の連動が消失することも示されました。

このように脳内で実際に「現実信号」が検出されたことで、研究者らは想像と現実を見分ける神経メカニズムを掘り下げて議論できるようになりました。

“現実を分ける線”は動く――医療とVRが狙う次の一手

“現実を分ける線”は動く――医療とVRが狙う次の一手
“現実を分ける線”は動く――医療とVRが狙う次の一手 / Credit:clip studio . 川勝康弘

以上の実験から、脳は視覚信号の強度(=想像+知覚の合計値)を現実かどうかの基準として利用していることが示唆されます。

ダイクストラ博士(研究主導者)は「我々の発見は、脳が想像と現実を区別する際に感覚信号の強さを利用していることを示しています」とコメントしています。

この仕組みにより、普段は想像上のイメージ(信号は弱い)と現実の知覚(信号が強い)を混同せずに済んでいるわけです。

一方で今回の結果は、なぜ人はときに現実と想像を取り違えてしまうのかという謎にも光を当てます。

脳が現実を見極めるネットワーク(紡錘状回と前部島皮質を中心とする回路)が正常に機能しない場合、現実と空想の境界が崩れてしまう可能性があります。

例えば紡錘状回が本来より過剰に活動してしまうと(いわば“メーターの誤作動”が起これば)、存在しないはずのものが鮮明に感じられて幻覚につながるかもしれません(想像の信号が強すぎる場合)。

また逆に、前部島皮質など「現実かどうか」を判断する側の見落とし(判定を行う閾値システムがガバガバになる場合)によって内部信号を遮断し損ねても、やはり想像が現実のように紛れ込んでしまう可能性があります。

実際、統合失調症などでは自分の頭の中の声が他人の声に聞こえてしまう現象(幻聴)が知られており、今回特定された前頭前野ネットワークの機能不全がそうした現実検討の失敗に関与している可能性があります。