通常、ヒトの精子は頭部(核DNAを含む先端部分)と尾部(しっぽにあたる部分)からなりますが、寄生虫と遭遇した精子では頭部と尾部が分離してしまい、いわば精子が文字通り「首切り」にされてしまったのです。

この無頭の精子(頭部の取れた精子)の割合は、寄生虫との接触時間が長くなるほど増加しました。

実際に精子と寄生虫を試験管内で遭遇させた後の様子を顕微鏡で見ると、精子の尾部(しっぽ)がねじ曲がったり、頭部の先端に穴が開いているのが確認できます。

穴の開いた箇所には寄生虫が取り付いており、ちょうど寄生虫が精子に侵入しようとして穿孔した痕跡のように見えます。

生き残った精子も正常な形を保てず、多くが先端部にダメージを負ったり奇形化したりしていました。

さらに寄生虫にさらされた精子は、運動や生存に不可欠なミトコンドリアの機能が10分以内に急速に低下し、活性酸素種(ROS)の増加を伴わないまま細胞死が引き起こされることも示されました。

以上の結果から、トキソプラズマはほんの数分という短時間で精子に物理的・機能的な深刻なダメージを与えることが明らかになったのです。

不妊のパズル、最後のピース?

この研究は、ネコ由来の寄生虫トキソプラズマが男性不妊に関与し得ることを示す初めての直接的証拠だといえます。

寄生虫が精子そのものを傷つけ、「頭をちぎる」ほどのダメージを与えることで、生殖能力を低下させうるという事実は大きな驚きです。

研究チームは「トキソプラズマ感染による精子への悪影響が、近年の世界的な男性不妊傾向に関与している可能性がある」と指摘しています。

実際、今回の結果は寄生虫感染が男性の精子の質を直接低下させる仕組みを示しました。

精巣組織への炎症誘発やミトコンドリア機能低下など、寄生虫が複数のメカニズムで精子機能を損なう可能性も示唆されています。

ただし本研究はマウスモデルと試験管内実験(in vitro)が中心であり、ヒト臨床での影響度はまだ不明です。