こうした中、世界で最もありふれた寄生虫の一つであるトキソプラズマ(T. gondii)に注目した研究チームがあります。

トキソプラズマは主にネコの糞便を介して広がる単細胞の寄生生物で、世界人口の30~50%が持っているとも言われるほど一般的です。

人間を含む温血動物の体内に入ると各種臓器の中に潜伏し、一度感染すると体内(筋肉、脳、心臓など)にシスト(嚢胞)を形成して一生潜み続ける厄介な性質を持ちます。

健康な人では初期感染で目立った症状が出ないことも多いものの、免疫が低下した人や妊婦が初めて感染した場合には深刻な病気を引き起こし、流産や胎児の障害、場合によっては命に関わることさえあります。

トキソプラズマは非常に広範な細胞を侵すことができ、「人間や他の哺乳類の体内のあらゆる有核細胞に感染しうる」とも言われます。

1980年代のエイズ流行期には、免疫不全の患者の精巣でトキソプラズマ感染が見つかった例が報告され、この寄生虫が人間の男性生殖器官を狙い得ることが示唆されました。

また動物実験でも、トキソプラズマに感染したマウスやラット、ラム(雄ヒツジ)で精子数の減少や形態異常、精巣機能の低下が起こることが報告されています。

2017年にはマウスの前立腺内にトキソプラズマのシスト(休眠型の寄生体)が形成されることも確認され、さらにはヒトの精液中にもトキソプラズマが存在する可能性が指摘されました。

こうした知見から、「寄生虫が精巣に潜むことで生殖機能に悪影響を及ぼすのではないか」という疑問が生まれ、少人数規模ながらトキソプラズマ感染男性の精液に異常が多いとの調査結果も発表されています。

そこで今回、ドイツ・ウルグアイ・チリの国際研究チームはトキソプラズマが男性の生殖能力に与える影響を詳しく調べる実験を行ったのです。

5分で起きた“首切り”ショック

5分で起きた“首切り”ショック
5分で起きた“首切り”ショック / この図はトキソプラズマによってダメージを受けてしまった精子の様子を支援しています。精子の頭部に穴が開いたり尻尾がねじれていることがわかります。/Credit:Lisbeth Rojas-Barón et al ., The FEBS Journal (2025)