タコの腕が「勝手に動く」ように見えることは、実はその神経構造に由来します。
先述のとおりタコは脳以外にも大量のニューロンが腕に存在し、各腕が独自の“判断”で動きを制御することができます。
このため、腕は必ずしも脳からの命令を待たずに反射的・自主的に動く場合があり、それが人間には「腕が意思を持っている」ように映るのです。
実際、タコの腕は切り離された後もしばらく動き続けることがあり、襲ってきた捕食者の気をそらす「デコイ(囮)」の役割を果たすことも知られています。
今回の観察でも、新しく二股に分かれた腕は脳の指令を待たず腕が自主的に動くタコ特有の挙動が見られました。
しかし時間の経過とともに、タコの中枢神経と腕の末梢神経系がうまく情報をやり取りし始め、追加の腕も含めた9本の腕全体で協調した動きができるようになったと考えられます。
また研究では2本に分かれたうち1本(R1a)は捕食動作、もう1本(R1b)は探索動作を多く担うなど、腕ごとの“個性”とも言える使い分けが確認されています。
タコ類ではエサ捕獲時に特定の腕を優先する「利き腕」傾向が報告されますが、本個体はそれが極端な形で現れた例と言えるでしょう。
少なくともタコの運動神経系が柔軟に再構成され、各腕の役割分担を最適化したことは確かです。
この発見はタコの生態だけでなく、再生医療やロボット工学への応用という点でも注目されています。
タコが損傷から回復し新たな腕を神経系に統合する仕組みを解明すれば、動物や人間の神経再生・義手制御の研究に新たな手がかりを与える可能性があります。
ロボット工学でも、タコの腕のように柔軟で自律的に動くアーム設計に今回の知見が役立つと期待されています。
研究者らは「タコが腕の使い方を機能的に再編成した事実は、複雑な神経メカニズムの存在を示唆し、再生医療やロボット工学に新たな応用の可能性をもたらす」と述べています。