しかしこうした分岐型の再生が生きた状態で観察されることは極めてまれで、追加の腕がタコの行動にどんな影響を与えるかはほとんど分かっていません。

あえて人間で例えれば、左腕が傷つくと、傷ついた部分から新たな腕がはえてきて、先端が2本になる状態と言えるでしょう。

元となる左腕はそのままなので、実質的に腕の本数は1本多い3本となります。

さらにタコの場合、神経構造がこの問題をさらに複雑にしています。

タコの全身には約4.5〜5億個のニューロン(神経細胞)があり、その実に3分の2以上が腕や胴体側に集中しています。

つまりタコの腕は脳に頼らずとも自律的に情報処理し動くことができ、極端に言えば「8つの小さな脳」が腕それぞれにあるようなものなのです。

こうした分散制御の仕組みによって、もし腕が一本増えた場合でもタコはそれを巧みに動かせるのか?それとも制御が追いつかず不自由さが生じるのか?

そういった疑問があったのです。

そこで今回、この疑問に答えるため、研究チームは野外で偶然見つかった“9本腕”のタコを詳細に調べることにしました。

裂けた腕が“第9の意志”に変わる瞬間

裂けた腕が“第9の意志”に変わる瞬間
裂けた腕が“第9の意志”に変わる瞬間 / Credit:Canva

研究対象となったマダコ(Octopus vulgaris)の写真では、負傷した前方右腕の先端が再生過程で二股に裂け、結果として合計9本の腕が確認されました。

このタコはスペイン・イビサ島本島の浅い入り江で発見され、2022年に約5か月間にわたって野生下で観察されました。

研究者たちはスキューバダイビングなどによる水中映像記録(市民科学の協力も含む)を解析し、このタコの日常行動と腕の使い方を継続的に追跡しました。

観察の当初、新しく二股に分かれた2本の腕(“9本目”にあたる部分の腕)はもっぱら体の下で行うUnder-web動作やごく近距離での操作に使われていました。