ここまでの発見を整理してみましょう。
おばあちゃんの「寿命が長いこと」は、長いあいだ娘/息子や孫のサポートができることを示唆します。
さらに、「寿命のうち繁殖のできない期間のみが長いこと」は、おばあちゃんが娘との競合を避けつつ、娘や孫たちをサポートできることを示唆します。
「娘の邪魔をせず、娘や孫のサポートに回る」という、おばあちゃんの進化メカニズムは我々ヒトのおばあちゃんの進化メカニズムとしても支持されてきたものです。
ヒトとイルカ・クジラという全く異なる環境に住む生き物の間で、共通のメカニズムが支持されたことは「娘の邪魔をせず、娘や孫のサポートに回る」という仮説がおばあちゃんの進化を説明する有力な仮説であることを意味します。
ただ、この謎にはまだ課題も多く残っています。
「おばあちゃんが家族をサポートする必要が、なぜ他の生物にはないのか?」、「どのような生物学的なメカニズムによって寿命が延びたのか」といった問いに科学はまだ答えを出していません。
今回、おばあちゃんがいるとされる5種はいずれも母方の家族で構成される「母系社会」を形成していますが、これはおばあちゃんのいないマッコウクジラでも同様です。なぜ似た社会を形成するマッコウクジラにはおばあちゃんがいないのでしょうか?
また、ハンドウイルカは採餌の文化が母親から仔へと継承されることが知られており、知識の継承が生存や繁殖に重大な影響を及ぼします。なぜ、シャチのおばあちゃんがその高い知恵をつかって家族を導くように、知識の継承が重要であるハンドウイルカにはおばあちゃんがいないのでしょうか?
こうした今回の発見や新たな疑問は、私たちが人間以外の幅広い生物たちの生態へ目を向けたからこそ明らかになったものです。
おそらくこうした研究の話を聞くまで、おばあちゃんがいるということを疑問に思ったこともない人がほとんどだったでしょう。
かつて、日本の鯨類学の基礎をきずいた小川鼎三は、「ヒトを理解するために、ヒトばかり調べていては見方が偏り、見逃してしまうことががたくさんある。そこで、クジラなどの別の動物をよく知り、ヒトの特殊性を捉えなおすことが大切だ」と述べています。