ここまで紹介してきたように、ASDの人の中には「普通に見える」ようにカモフラージュ行動という努力をしているケースがあります。

しかし一方で、「自分にも心当たりがある」「私も人と話すとものすごく疲れる」と感じた読者も多いかもしれません。

実際、こうした“対人疲れ”や“ひとりの時間の必要性”は、ASDの診断を受けていない人にも広く見られる傾向です。

では、これは誰にでもある性格の一部にすぎないのでしょうか?  それとも、自分でも気づかない軽度のASD的傾向なのでしょうか?

この疑問に対して、近年の研究では「ASDは“有る”か“無い”かで分けられるものではなく、誰もがある程度その特性を持っている」とする考え方が広まりつつあります。実際、多くの研究で「ASD特性は連続的(スペクトラム)に存在する」とされています。

たとえば、日常生活の中で次のような傾向を持つ人は少なくありません。

  • 人と雑談するのが苦手(無理に笑う、気を遣って会話を合わせる、本音を言えずに建前で対応する、周囲の空気に気を配りすぎて疲れる)

  • 決まったルールやスケジュールが崩れると強いストレスを感じる

  • 他人の感情の変化に気づきにくい

  • 興味が偏っていて、他の話題に注意を向けるのが難しい

これらはそれだけで診断に至るものではありませんが、ASDの中核的な特徴と重なる部分を含んでいます。そして、その程度が強くなったとき、あるいはそれによって日常生活や人間関係に支障が出てくるようになったとき、発達障害としての特性が浮き彫りになるのです。

特に注意すべきなのは、「うまく適応しているように見えている人ほど、深く苦しんでいる場合がある」ということです。

実際、ASDの女性に多く見られるカモフラージュ行動は、周囲からは“問題のない人”に見せる一方で、本人が深刻な疲労や不安、うつ状態を抱えていることが少なくありません。

また、ASDの傾向を持ちながらも診断を受けていない人が、周囲の期待に無理をして応えようとするあまり、知らず知らずのうちに自分の限界を超えてしまうケースも報告されています。