アスペルガー症候群という症状は、近年ネット上では、主に空気が読めない人という意味でよく聞く単語になりました。

私たちは、なんとなくその場の雰囲気や相手の様子を見て、話し内容を理解したり、話し方に変化を付けています。

真面目な会議中にずっとヘラヘラしているということはないですし、偉い人にタメ語で話しかけるということも普通はしません。

「お腹空かない?」と聞かれて、自分の空腹状態を聞かれているのではなく、一緒にご飯に行こうと誘われているのだと理解します。

ただ、それをどうやって使い分けているのか? というと難しい問題で簡単には説明できません。

アスペルガー症候群という症状が広く注目を集めるようになったことで、私たちはこうした自然にできるコミュニケーション行動の背景に何があるのか、意識を向ける機会が増えてきました。

そんな中で興味深い報告があります。

近年、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもが「方言をあまり使わない傾向がある」という指摘が、日本の言語研究・発達心理学の分野から報告されているのです。

家族や地域の人が自然に使っている方言を、ある子どもだけがまるで使おうとしない、というのは非常に不思議な現象です。

この現象にはいくつかの興味深い論点があります。そもそも方言と共通語の違いとはなんなのか? ASDが方言の使用を避けることにはどんな意味があるのか? ここには人のコミュニケーションの背後にある、これまで見えてこなかった重要な特性が隠れているようにも思えます。

本記事では、この不思議な現象について、いくつかの研究報告をもとに詳しく解説します。

目次

  • ASDの特性と、なぜ方言を使わないのかという問いの出発点
  • “空気のある言葉”が苦手な理由
  • 成長すると逆に方言を使い始める人がいる

ASDの特性と、なぜ方言を使わないのかという問いの出発点

ASD(Autism Spectrum Disorder:自閉スペクトラム症)とは、発達の過程で現れる神経発達症のひとつで、主に社会的コミュニケーションの困難さ、対人関係のつまずき、言語の使い方の偏り、そして興味や行動のこだわりといった特徴が見られる症状のことです。