
日本サッカー界における育成年代の指導方法は、世界的には珍しいモデルケースだ。現在欧州で活躍する日本人選手は、高校サッカー部やJリーグクラブのユースから巣立っている他、元日本代表MF香川真司(FCみやぎバルセロナ出身)のような街クラブからの例もある。高校や大学経由でプロ入りするケースは韓国や米国でも見られるが、欧州や南米での育成は基本的に「プロクラブのユースチーム」一択だ。
かつて日本代表選手のほとんどは高校サッカー部出身者だったが、現在はJクラブユース出身者の数の方が多い。今後この傾向はますます強くなっていくことが予想されるが、現在の日本代表は、戦術をベースに個人技を育てるJクラブユースと、“負ければ終わり”の環境下で勝負強さを身に付けられる高校サッカー、各々のタイプが存在する多様性を含んでいる。
しかしながら、大人数の部員を抱え“人海戦術”で強化を図る高校サッカー部より、少数精鋭で選手を育てるJクラブユースの方が、「選手育成」の面で一日の長があることは明らかだろう。ここでは、Jクラブの下部組織から羽ばたき、日本サッカー史に名を刻んだ5選手を挙げ、その理由や成長の足跡を振り返りたい。

冨安健洋(アーセナル/2014-2015アビスパ福岡ユース)
現在プレミアリーグのアーセナルに所属する日本代表DF冨安健洋は、11歳時にアビスパ福岡のスクールに入団し、U-12、U-15(ジュニアユース)、U-18(ユース)で腕を磨いた。
2015年の高校2年時にトップチームに2種登録され、同年10月の天皇杯3回戦の町田ゼルビア戦で公式戦デビュー。2016シーズンを前に当時J2のトップチームとプロ契約し、ユースを“卒業”した。当初は運動量が売りの守備的MFだったが、2017シーズンにはセンターバックとしてレギュラーポジションを獲得。同年3月には早くもプロ初得点も記録した。