さらに研究チームは、ヒトの脳組織を模したオルガノイド(いわゆる「ミニ脳」)を用いた実験も行いました。
ヒト型HARE5を導入したオルガノイドとチンパンジー型HARE5を導入したオルガノイドを比較すると、チンパンジー型HARE5を持つオルガノイドでは神経幹細胞(ラジアルグリア)の数が少なく発達も遅いことが確認されました。
これは、ヒト型HARE5が神経幹細胞の増殖を強く促進し、より多くのニューロンのもとを作り出す効果を持つことを裏付ける結果です。
加えて、オルガノイドの解析からは、HARE5がFZD8遺伝子を介してWntシグナルの伝達タイミングや強度を調整し、最終的に幹細胞の増殖や分化を加速する可能性が示唆されました。
このエンハンサー配列が発生途中の脳内で神経幹細胞の挙動を微調整することで、成体の脳がより大きく複雑になる一因となっていると考えられます。
“塩基4つ”で回路まで変わる――脳進化の新シナリオ

今回の研究で明らかになったのは、ヒト特異的なエンハンサー配列が脳の発生プログラムを微調整し、結果としてより大きく高度な脳をもたらす仕組みです。
ヒト型HARE5を持つマウスでは、胎児期の神経幹細胞が通常より長く自己増殖し、その後に産生されるニューロン(神経細胞)の量も増加しました。
このようにしてニューロンの総数が増え、大脳皮質が厚みと面積を増したと考えられます。
興味深いことに、改変マウスの脳では神経活動のパターンにも変化が見られ、各皮質領域の活動が互いに以前より独立して動くようになっていました。
つまり、一部の脳領域が活性化しても他の領域には波及しにくく、それぞれの領域がより専属に働く度合いが増していたのです。
脳が大型化して回路のモジュール性(独立性)が高まることで、情報処理の分業・専門化が進む可能性が考えられます。