■大洪水神話──“記憶”としての世界滅亡
最も広範に見られる神話の一つが“大洪水”である。メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』におけるウトナピシュティム、旧約聖書のノア、インドのマヌ、中国神話の大禹、ギリシャ神話のデウカリオーン──いずれも、神々の怒りによる大洪水と、それを乗り越えた“選ばれし者”を描いている。
これらの神話が示すのは、ただの象徴ではないという説もある。約1万2千年前の氷河期終末、実際に地球は急激な気候変動を経験し、海面が100メートル以上も上昇。世界中の海岸線が変わり、集落が水没した。中でも「黒海洪水仮説」は、紀元前5600年ごろ地中海の水が黒海に流入し、大災害をもたらした可能性を指摘する。
つまり洪水神話とは、先史時代の“記録”であり、口承によって後世に伝えられた“生きた記憶”なのかもしれない。