簡単に言えば、「気体分子のゴツゴツした衝突から出発して、統計的な方程式を経由し、連続体の方程式に至るまで、一貫した数学的論理で物理法則を組み立てよ」という挑戦です。

しかしこの挑戦は極めて困難で、部分的な成果はあっても誰も完全には成し遂げられずにいました。

こうした中、アメリカのシカゴ大学の数学者Yu Deng(鄧宇)氏と、ミシガン大学のZaher Hani氏、Ma Xiao(馬霄)氏からなる研究チームがこの難題に挑みました。

彼らの研究目的は、ニュートンの運動法則 → ボルツマン方程式 → オイラー/ナビエ-ストークス方程式という3段階の論理的つながりを厳密に構成し、ヒルベルト第六問題への回答を示すことでした。

ヒルベルト第六問題ついに崩れる:粒子から台風まで“一本の数学的鎖”で貫通

ヒルベルト第六問題ついに崩れる:粒子から台風まで“一本の数学的鎖”で貫通
ヒルベルト第六問題ついに崩れる:粒子から台風まで“一本の数学的鎖”で貫通 / Credit:clip studio . 川勝康弘

研究チームは、このミクロからマクロへの橋渡しを二段階のアプローチで実現しました。

ニュートンの粒子力学(左)からボルツマンの運動論的方程式(中間)を経て、流体力学の方程式(右)へと至る論理の連鎖。

今回の研究では、この図に示されたミクロ→中間→マクロのすべての段階を一貫して証明した。

ミクロから中間(ニュートン力学 ボルツマン方程式)

まず研究チームは、無数の粒子が飛び交い衝突するミクロな系から、ボルツマン方程式という統計的な記述が現れることを証明しました。

彼らが扱ったのは、直径が極めて小さい硬い球(ビリヤード玉のような粒子)同士が弾性的に衝突する理想化された気体模型です。

粒子数を非常に大きく、粒径を非常に小さくとる極限(ボルツマン・グラッド極限と呼ばれます)では、粒子の衝突頻度が一定に保たれつつ、粒子系全体の確率的振る舞いがボルツマン方程式の解に収束することを示しました。

直感的に言えば、「粒子が無数に存在すると仮定すれば、典型的な粒子の振る舞いはボルツマン方程式で記述できる」ことを数学的に裏付けたのです。