19世紀の物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマンは、このアプローチとしてボルツマン方程式を考案しました。

個々の分子ではなく「典型的な粒子」の振る舞い確率に注目し、粒子集団の平均的な性質(圧力や温度など)の時間変化を記述します。

ボルツマン方程式により、いちいち粒子一つひとつを追わなくても、気体や流体のだいたいの挙動を計算できるようになりました。

3つ目はマクロ(巨視的)な理論: 流体を連続的な物質とみなし、連続体の力学として扱う視点です。

個々の粒子の存在は無視し、流体を滑らかな一つの媒体ととらえて、その速度や圧力、密度場の変化を記述します。

これを可能にするのがオイラー方程式やナビエ-ストークス方程式(および関連する方程式群)です。

オイラー方程式は粘性(流体のねばり)を持たない理想流体の運動を表す基本方程式です。

ナビエ-ストークス方程式は粘性のある流体の運動を表す基本方程式で、エンジニアは航空機の設計や気象予測に日常的に活用しています。

以上の3つの理論はいずれも同じ現実の現象(流体の流れ)を違うスケールで説明したものです。

理想を言えば、ミクロの理論から一段階ずつ論理を積み上げていけば中間理論が導かれ、さらにそれを土台にマクロな理論が導かれるはずです。

ところが実際には、この「ミクロ→中間→マクロ」をつなぐ論理の橋渡しは非常に難しく、19世紀以来ずっと明確に示されてきませんでした。

古典物理はしばしば完成されていると考えられがちですが、未だに各法則間は意外に統一されていないのです。

そこでドイツの数学者ダフィット・ヒルベルトは、1900年に開催された国際数学者会議で「物理学を数学の公理体系で再構築する」という大胆な課題を提示しました。

これが有名なヒルベルトの第六問題です。

ヒルベルトはとくに例として気体分子の力学(ボルツマンの理論)を挙げ、ニュートンの運動法則のような「ミクロの基本法則(公理)」からオイラー方程式・ナビエ-ストークス方程式のような「マクロの法則(定理)」を導けるか問いかけました。