研究チームはまず、自由に動き回るマウスの脳内でリアルタイムにエングラム細胞の活動を観察することにしました。

脳の記憶中枢である海馬(かいば)のCA1領域に微小レンズを挿入し、遺伝子改変で蛍光タンパク質を組み込んだマウスを用いることで、どの神経細胞が活動しているかを光で可視化できるようにしたのです。

これにより、マウスが新しい環境を探索している最中や、その前後の睡眠中に、海馬のどの細胞が活動しているか(エングラム細胞かどうか)を詳細に記録することが可能になりました。

具体的には、マウスに2日間にわたる体験をさせ、その合間の睡眠中の脳活動を観察しました。

1日目、マウスをまったく初めて見る環境A(例えば円形の部屋)に入れて自由に探索させます(「経験A」)。

その直前と直後にはマウスは睡眠をとっており、研究者たちはその間の脳内活動も記録しました。

翌日2日目、マウスはまず再び環境Aに入ります(前日の記憶を想起する状況)。

続いて、形や匂いの異なる新しい環境B(例えば四角い部屋)を探索させました。

こうして「睡眠 → 経験A(環境A探索) → 睡眠 → 環境A再訪 → 経験B(環境B探索)」という一連のセッションで、海馬CA1中の数百個におよぶ細胞活動データが得られました。

研究チームはこの膨大なデータを解析し、どの細胞群がどのセッションでまとまって活動したか(すなわち細胞集団活動パターン)を抽出しました。

その結果、非常に興味深い事実が次々に明らかになりました。

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図は、海馬のCA3領域からCA1領域に情報が伝わる神経回路モデルを使って、睡眠中のシナプス調整がどのように未来の記憶担当細胞(エングラム予備集団)を生み出すかを示したものです。図の左側にはCA3神経細胞からCA1神経細胞へ向かう矢印が並び、矢印の太さがシナプスの強さ(情報伝達の効率)を表しています。まず経験Aの段階では、CA3から送られる特定の入力パターンに対してCA1内の一部の細胞が大きく反応し、そのシナプスが太く強化されます。これが「エングラム細胞」の形成過程です。次に睡眠中には、シャープウェーブ・リップル(SWR)波という脳波に伴い、エングラム細胞のシナプスは保護されつつも不要な結合は弱まる一方で、全体のシナプス結合のバランスを保つシナプススケーリングが働きます。その結果、もともと目立たなかった別の細胞群が次の入力パターンに敏感に反応するようになり、これが「エングラム予備細胞集団」として浮上します。最後に経験Bが到来すると、この予備細胞集団のシナプス結合がさらに強化され、正式に経験Bのエングラム細胞へと昇格します。図は、こうした一連のシナプス動態が「過去の記憶の整理」と「未来の記憶の仕込み」をつなぐ仕組みを示しています。/Credit:脳が未来の記憶に備える重要なプロセスを発見— 睡眠は単なる休息ではない —