幻の蔵書と帰る伝書鳩:愛書家と軍部を翻弄した品々
話は変わって1840年8月10日、ベルギーの小さな町バンシュは、世界中の愛書家にとって特別な場所となるはずだった。故フォルタス伯爵の蔵書コレクションのオークションが告知されたからだ。伯爵は、他に同じものが存在しない「唯一無二」の本だけを集めるという徹底した収集家。もし他に同じ本が見つかれば、自身の一冊は処分し、台帳には「destruit!(破壊!)」と記すほどだった。わずか52冊という極小規模ながら、その価値は計り知れないはずのコレクションだった。
オークション当日が近づくと、愛書家たちがバンシュに殺到した。古代エジプトの男性器の象形文字に関する本、失われた14世紀フランドル地方の歌集など、カタログに掲載された垂涎の的のタイトルに胸を躍らせていた。
ある王女は、自身の恥ずかしい秘密が書かれた本を「どんな値段でも」買い取るよう代理人を送ったとも噂された。しかし、いざオークションの時間になっても、誰も会場を見つけられない。それどころか、町の人々はフォルタス伯爵のことなど誰も知らなかったのだ。
やがて買い手たちは真相に気づく。これはフランスの悪戯好きな古書収集家レニエ・シャロンが仕掛けた壮大な釣りだったのだ。彼は愛書家たちが抵抗できないであろう魅力的な(そして存在しない)タイトルで彼らを誘い込んだのだった。
皮肉なことに、この架空のオークションカタログ「フォルタス・カタログ」自体が、今では希少なコレクターズアイテムとなり、2005年のオークションでは1部が1320ドルで落札されている。

一方、こちらは実在したものの、買い手にとっては役に立たなかったオークション品。1901年、ニューヨーク・タイムズ紙は「海軍の伝書鳩、売却へ」と報じた。長年、アメリカ海軍は艦船と陸地間の通信に伝書鳩を利用していたが、マルコーニ無線(無線電信)の登場により、その役目を終えようとしていたのだ。
しかし、海軍は見落としていた点があった。伝書鳩は、どこから放たれても元の鳩舎(この場合は海軍基地)に帰るように訓練されている。つまり、海軍以外の買い手にとっては、メッセージを運ばせるどころか、手元に置いておくことすら難しい代物だったのだ。バージニア州のノーフォーク海軍工廠では、元々1羽8ドルした150羽の鳩が、合計たった30ドルで「射撃訓練用」として売却されたという。
奇妙なことに、海軍が伝書鳩の引退を急ぎすぎた面もある。初期の無線機が機能しない状況でも、鳩は任務を遂行できた。そのため、第一次・第二次世界大戦中も、連合国は何十万羽もの伝書鳩を運用し続け、ナチスドイツの唯一の対抗策は、鳩を捕食するハヤブサを放つことだったという。