「もしかして私にはストーカー気質の遺伝子でもあるではないか?」――誰かに恋をして頭から離れなくなった経験を持つ人なら、一度はそんな冗談めいた疑問を抱いたことがあるかもしれません。
実は近年、恋愛における執着心や粘着質な行動に遺伝子が関与している可能性が、科学的にも真剣に議論され始めています。
これは決して「愛はすべて脳内物質のせい」と片付ける味気ない話ではなく、むしろ人間の情熱的な一面を生み出す生物学的背景を探るロマンのある試みなのです。
きっかけの一つは、恋する脳と強迫性障害(OCD)の脳の奇妙な共通点でした。
イタリアの研究者たちが行った有名な研究では、恋愛中の人の血中セロトニン輸送体の量を調べたところ、強迫性障害患者と同程度に低下していることがわかったのです。
恋に落ちたばかりの人は嬉しくてハイになっているように見えますが、その脳内ではOCD患者と同じようなセロトニン系の変化が起きている――つまり「恋は一種の軽い強迫症状」と言えるかもしれません。
この発見には研究者自身も驚きましたが、同時に「では遺伝子的な違いによって、恋愛時の執着の強さに個人差があるのでは?」という新たな疑問が生まれました。
実際、セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質を調節する遺伝子には多様なバリエーションがあり、これが人それぞれの性格傾向を形作っています。
たとえばセロトニントランスポーター遺伝子(SERT)の多型は、不安気質やOCD傾向との関連が指摘されています。
また、恋愛から得られる快感の強さや「追いかけたい」というモチベーションにも遺伝子要因が関わることが報告されています。
こうした知見が積み重なる中で、「ひょっとすると恋愛に異常な執着を見せる人には、特定の遺伝的特徴があるのではないか?」という仮説が現実味を帯びてきたのです。
そこで今回はこれまでの研究結果をもとにストーカー行為やストーカーに関連した重大な事件に結びつくような「ストーカー遺伝子」とも呼ぶべき因子が存在するかを検証します。