魚の場合も同じです。キリフィッシュが住んでいた川がまだきれいだった頃、毒に過剰に反応しない“鈍感な体質”はむしろ不利だったかもしれません。体に入ってきた小さな毒物に気づかず、処理が遅れて体調を崩してしまうからです。

でも、川が汚染されてしまったとたん、逆に“鈍感な体質”の方が生き残りやすくなりました。というのも、センサーが働きすぎると、かえって体に負担をかけてしまうからです。キリフィッシュたちは、もともと集団の中にいたさまざまな体質の中から、「いまの環境に合った体質」が自然と選ばれていったのです。

進化とは、つねに環境に合わせて「ちょうどよく」調整される現象です。「最強の体質」ではなく、「その時、その場所で生き残れる体質」が選ばれるのです。

つまり、持っていた方が有利だが、環境によってはデメリットになってしまう特性が、遺伝的多様性という形で保持されることで、環境が変化したときに素早く適応できる進化に繋がっているのです。

これをのんびり突然変異を待っていたのでは、環境に適応する前に種が全滅してしまうかもしれません。

当然環境に合わない遺伝子を多様性の名のもとに保持させられた個体は、それが不要な時期には何らかの不自由を味わっていたかもしれません。しかし進化というプロセスは、「一部の個体が犠牲になること」を前提としています。

進化は、いつも長い時間をかけてゆっくり進むとは限りません。場合によっては“新しいもの”ではなく、“すでにある多様性”を利用した急速な進化が起きるのです。

そして、その多様性は魚だけでなく、私たち人間の体の中にも、きっと眠っているのです。

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元論文

The genomic landscape of rapid repeated evolutionary adaptation to toxic pollution in wild fish
https://doi.org/10.1126/science.aah4993